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そのうちに冥王さまは騎士たちに呼ばれ、天幕をほんの少し離れました。お父さまは黒い天馬にまたがり、
「ナシェルや、すぐ戻るから、おりこうさんにしているんだよ」
と言って馬を走らせていってしまいました。
お父さまのお姿が遠目でも見られればよかったのですが、あいにくとすぐに見失ってしまいました。王さまは広い狩場のどこにいるやら、平原の向こうで土煙があがるばかりで、そのお姿はどこにも探せません。
おとなたちの遊びについてきたのだから仕方ないのですが、子どもにしてみたらカヤの外みたいで、こんなつまらないことってありませんよね。
「何かないかなぁ……」
天幕の中でうろうろしていると、不意に入口とは反対側の天幕の一部がぱたぱたと動きました。天幕はところどころ掛け杭で地面に固定されているので、ちょっとしか開きませんでしたけども。
だれかの指先がのぞいて、つんつんとカーペットをつつきました。
「おーい、ナシェル? いるか?」
天幕の外の地べたから聞こえるその声は、乳兄弟で親友のヴァニオンでした。
彼のお母さんは王子さまの乳母殿です。そして彼のお父さんは、冥王さまに最初に従った九人の魔族のひとりです。冥王さまにもっとも近い臣下として、この狩猟大会にも参加しています。
「ヴァニオン。そんなところで何してるの?」
王子さまは驚いて天幕のカーテンを持ち上げようとしましたが、固定杭がひっかかって開きません。
「父さんに黙ってついてきたんだ」
「どうやって?」
「天幕の収納箱に潜り込んで隠れてきたのさ。中に入れてくれよぅ~」
王子さまは、入口のほうを見ました。入口には騎士がふたり立っています。
「待って、ぼくがそっちにいく」
王子さまは用を足したいと兵士に言って、天幕の外へ出ました。天幕の横側に回ってゴソゴソと、半ズボンを下げるそぶりをしていると、騎士がこちらを見張っているのに気づきました。
「はずかしいから、あっち向いてて!」
「あっすみません、王子殿下」
騎士が慌てて向こうへ向き直り、直立不動の体勢をとると、その間に王子さまはサッと、騎士から見えない天幕の裏側まで回りました。
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