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「どんなに辛くても、なにも感じないようにして、誤魔化すほかなかった。オレがやったのは、ただの時間稼ぎ。感情に振り回されないようにしただけだ」
唯は淡々とした口調で言った。
「なにも感じなくなるまで、ずっと辛かったんじゃないですか? 感じなくなったからと言って、辛さが軽くなったわけではないでしょうに! むしろそんな真似をしたから、余計に辛さが増したんじゃないんですか?」
伊織は感情を爆発させた。
「……オレにはそうする以外の方法を、知らなかった。オレがどうなろうがどうでもよかったんだ」
唯は困った顔をしながら言った。
「辛いことが当たり前になって、普通になってしまったんじゃないんですか?」
伊織が泣きながら尋ねた。
「おそらく、そうなんだろうさ」
「どうして、動じたりしないんですか! なんで、冷静に受け止めているんですか!」
伊織が泣き叫んだ。
「オレは感情を捨てるときに、冷静で冷酷無慈悲な、もう一人の自分を、心の中に作り上げた」
唯は溜息混じりに言った。
「もう一人の自分……?」
伊織が首をかしげた。
「そうだ。どんなに辛く、苦しくとも、一切他人事だと思うことにした。自分のこととして考えれば、動じるだろうし、冷静に見れなくなる。それを避けるためだ」
「それ、自分のことではないって拒絶したってことですよ。なくてもいい壁を、あなたは作ってしまったんですか!」
伊織が怒りをあらわにした。
「なくてもいい壁……。そうかもしれないな」
唯は自嘲するように笑った。
「とても、遣る瀬無い笑みですね。それがどれほど辛いことだったのか、なんとなく分かります」
泣きながら伊織が言った。
「誤魔化しがきかない、ということか」
「そうかもしれませんね。いい機会なので、全部話してください」
「この身も心も、代償として差し出さなければならない道を歩いている。それから、逃れたいとは思わない」
唯は溜息を吐いた。
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