第六章 唯の身体に刻まれた、数えきれないほどの苦痛

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「なんで、逃げるって選択肢がないんです?」 「これは、俺がなんとかしなければならない問題だからだ。ほっぽり出せるわけがないだろう」  唯は泣いている伊織に視線を投げた。 「逃げていいんですよ! というか、逃げなきゃダメです!」  伊織は本音を言った。 「どうしてだ?」  唯が訝しげな顔をした。 「自分を犠牲にし続けて、なにかひとつでもいいことがあるなんて、僕は思いません! むしろ、哀しくて辛い時間を過ごすだけです。これ以上、自分を傷つけ続けても、なにも生まれません! ただ、失っていくか、麻痺していくだけです。あなたは、自分の心でさえも、重い鎖で縛っているのではありませんか?」  伊織が言った。 「……だったら、なんだ? 死んだようになっても、構わなかった。どんな状態でも、生きてさえいればいい」  唯は低い声で言い放った。 「なにを言っているんですか! いいわけがないでしょう!」 「なんだと?」 「自分の大事なモノをふたつも斬り捨てているのに、そんな状態でも生きていればいい、ですって? 辛いことや苦しいことがあっても、すべて抱え込んで、冷静という名の仮面で隠してしまった方がいいと? 僕は、あなたの本心が知りたいんです! 仮面を外してほしいんです!」 「……努力しよう。何故、お前はオレを突き放したりしないんだ?」  唯が遣る瀬無い笑みを浮かべて尋ねた。 「こんなにボロボロの人、突き放せるはずがないでしょう! 僕が聞くので、少しでもいいので、話してください! じゃないと……!」  伊織が唇を噛んだ。 「なんだ?」  唯が先を促した。 「あなたが、壊れてしまうか、独りでどこかにいってしまいそうで……!」  伊織の本音を聞いた唯は見ていられず、その小柄な身体を抱きしめた。 「……オレはもう、とっくの昔に壊れている。こんな生き方しかできなかったからな。怖いのか、オレがいなくなることが」 「こんなに傷ついて、弱音も吐かないし、表情にも出ないなんて、哀しすぎます……! そうですよ……!」
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