第十章 身も心も闇に染め上げられる

1/1
前へ
/28ページ
次へ

第十章 身も心も闇に染め上げられる

 翌日、顔をしかめて寝ている唯を、伊織は心配そうに見つめていた。傷はすぐに治らない。痛むのかもしれないが、痛みがあると言ってはくれない。様子を見ていることしかできない。  突然、唯がカッと目を開けた。その視線はどこか遠くを見ているのか、焦点が合っていなかった。  唯の脳裏に焼きついて離れないのは、なにもできなくした人間達の怯えきった顔と、叫び声だった。それが永遠と繰り返される。人間は、痛みに、恐怖に、とても弱い。  オレの掌はとっくの昔に、穢れてしまった。  そんな男に恋人がいて、甘い言葉を囁くなど、してはならないのではないか? だが、伊織は、こんなオレでもいい。そう言ってくれている。だが、オレの抱える闇を、どう伝えればいいのか分からない。 「どうしたんです?」  伊織が左肩を軽く叩くと、唯が瞬きをした。 「伊織……。なんだ、夢か」  言いながら、唯はふーっと息を吐き出した。 「嫌な夢でも見ましたか?」 「……ああ」 「傍にいますから、安心して眠ってください」 「そうしたいところだが……。オレはもう、この血道から逃れられないと思っている。安らぎなどいらないと、斬り捨ててしまった」  唯は静かな声で言った。 「あなたは、僕の知らないところで、命を削っています。自分のことなど放っておいて」 「そうだな……」 「あなたのことを想っているということだけは、忘れないでください。……それと、なにかあったら、話してください」 「分かったよ」  唯はうなずいた。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加