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第十章 身も心も闇に染め上げられる
翌日、顔をしかめて寝ている唯を、伊織は心配そうに見つめていた。傷はすぐに治らない。痛むのかもしれないが、痛みがあると言ってはくれない。様子を見ていることしかできない。
突然、唯がカッと目を開けた。その視線はどこか遠くを見ているのか、焦点が合っていなかった。
唯の脳裏に焼きついて離れないのは、なにもできなくした人間達の怯えきった顔と、叫び声だった。それが永遠と繰り返される。人間は、痛みに、恐怖に、とても弱い。
オレの掌はとっくの昔に、穢れてしまった。
そんな男に恋人がいて、甘い言葉を囁くなど、してはならないのではないか? だが、伊織は、こんなオレでもいい。そう言ってくれている。だが、オレの抱える闇を、どう伝えればいいのか分からない。
「どうしたんです?」
伊織が左肩を軽く叩くと、唯が瞬きをした。
「伊織……。なんだ、夢か」
言いながら、唯はふーっと息を吐き出した。
「嫌な夢でも見ましたか?」
「……ああ」
「傍にいますから、安心して眠ってください」
「そうしたいところだが……。オレはもう、この血道から逃れられないと思っている。安らぎなどいらないと、斬り捨ててしまった」
唯は静かな声で言った。
「あなたは、僕の知らないところで、命を削っています。自分のことなど放っておいて」
「そうだな……」
「あなたのことを想っているということだけは、忘れないでください。……それと、なにかあったら、話してください」
「分かったよ」
唯はうなずいた。
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