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第三章 唯の表と裏
唯は煙草を咥えながら、椅子に座った。
「表向きは実在するかどうかも怪しい剣道道場の師範代、ということになっている。着物や道着を一切着ないからな。疑われても仕方がない。裏では〝折り合い人〟という稼業をしている」
唯は紫煙を吐き出しながら言った。
「なんですって!? 噂でしか聞いたことがないのですが、実在したのですか!?」
伊織は驚きを隠せなかった。
「実在する。……人の心を殺せという依頼が多いな。ただし、依頼人には、金と強い意思があるかどうかの確認を、必ず。オレはもう、戻れないところまできてしまっているんだよ」
「依頼はどこで受けてるんです?」
「連れていくつもりだったが、止めだ。ここにいてくれ。依頼が入ったときには、伝える」
唯は腕組みをしながら言った。
「分かりました」
「それと……オレの武器を見せておくか」
煙草を咥えたまま、唯はクローゼットの隠し棚の中から、日本刀を持ってきた。
柄、鍔、鞘に至るまで銀色をしている。
「刀身は、ほら」
唯がテーブルに刀を置くと、少し鞘から刀を抜いた。刀身は艶やかな黒だった。
凶器であるはずなのに、それはとても美しかった。
「見惚れるほど、なのか? これは、痛みを与える道具だぞ?」
唯の苦笑した顔を見た伊織は、照れ笑いをした。
唯は鞘に刀を仕舞うと、傍らに立てかけた。
「綺麗でした!」
「素直だな。あとは、酒に強いってところか」
唯は笑みを深めながら言った。
「僕は飲めないんですよ」
「炭酸ならどうだ?」
伊織の言葉を聞いて、唯が尋ねた。
「大丈夫です」
「じゃあ、今度、ノンアルコールのものを買ってくるか。どうだ?」
「僕は詳しくないので、お任せします」
「分かった。……着替える」
唯は苦笑して、咥えていた煙草を灰皿に押しつけ、立ち上がった。
クローゼットの前までいくと、ジャケットとロングコートを羽織った。右腰に刀を帯びると、いったん目を閉じた。目の色を黒に変えると、近くに置いてあったアタッシュケースと黒のベネチアンマスクを手にした。
「いってくる」
「いってらっしゃい」
仮面を被りながら、唯は言い残すと家を出た。
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