最果てのガラス瓶

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 ラーシュは、勢いをつけてエレベータのボタンを叩いた。気のせいだとは分かっていたが、後ろは見なかった。ドアが開くと同時に乗り込み、上に動き始めてから、やっと小声で答えた。 「……どこも設計図の最初の線を一本引いた、って段階だよ……今はとにかく『集める』のが先」  フィリップの声も小さかった。「ですね」  ラーシュから奇妙な感覚は消えていた。彼は唇をほとんど動かさず、自分に言い聞かせるように言葉を漏らした。 「ここは、生命復活の狼煙が上がる場所なんだ」  重い扉を二人がかりで引いて、外へ出た。一気に、北極から吹き下ろす極東風が雪を従え二人を打った。  ラーシュは思わず、建物へ顔を背けた。その彼の目に、コンクリートの壁に打ちつけられた、雪まみれの鉛色のプレートが映った。  彼は、プレートまで数歩、横にずれた。そして、そこに刻まれた文字の輪郭を指先で掘り起こした。彼が低くつぶやいた言葉を、渦を巻いた吹雪が高く巻き上げた。 「……沈ませない……」  エンジンがかかりっぱなしの、暖房の効いた車が「早く来い」とモーターを唸らせ催促している。二人は腕で顔を覆いながら、車へと走り出した。  車の排気音が、人のいる街へ向かって遠く消えた。  吹きつける地吹雪は、ほんの少し二人に遠慮して、ラーシュが拭ったプレートの文字をしばらくそのまま浮き上がらせていた。  ――国際生物種保存センター「ノア」――
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