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「例えば精神的ストレスが身体に与える影響。現代の最新の医学でもまだその影響は正確には分かってないよね。そもそも老化の仕組みだってまだ解明されていないんだし。昔、処刑の前夜に一夜にして髪が白くなった王女様がいたらしいけど、その逆だって考えられるんじゃないかな?」
「ストレスで老化がストップしたっていうこと?考えられないわよ!」
「老化が止まったというか……例えばこうは考えられないかな?」
荒野桐絵よりも先に泰造が死んでいたとする。当然経済的には厳しくなるだろう。さらに戦時下ともなれば簡単に食料は入らなかったに違いない。おそらく高価な家具やらを売りさばいていたのだろうが、それでも手に入る量には限りがある。さらに病気のせいで外には出られないから運動量は当然落ちる。ストレス、少ない食料、運動量の低下、その三つの要素が重なった時、彼女の身体に通常では考えられないような異変、例えば新陳代謝の極端な低下からくる老化速度の遅延が起きたのではないか。それが僕の推理だった。
「ちょっと待ってよ。彼女、病気で死ぬことはなかったのかしら?そもそもそれが理由で、壁に鉄板まで入れて隔離してたのよね」
「いや、水菜。むしろ和也の話で説明がつくぜ。例えばその病気が細菌によるのものだった場合、宿主の体力の低下が菌の減少につながった可能性はある」
「そんなバカな話ってある? 菌が死滅するような状態だったら、人間の身体だって死んでるでしょ?普通に考えてあり得ないわよ!」
普通にはありえない……
なのにありえた。
僕の中で何かがストンと落ちた。
それはきれいにあるべき場所にはまった。パズルのピースがはまるみたいに。
「いや、普通にはあり得ないよ」
「だったら……」
水菜を押しとどめてから、僕は真子のほうを見て続けた。
「ねえ、真子。十代で一線を退いた元アイドルが大人になってから芸能界に復帰して、頂点にまで登り詰める可能性ってどのくらいだと思う?」
真子は肩をすくめた。
「普通はありえないわね」
「引きこもりの大学院生が、例えば大好きなミステリーの作家になってデビューする可能性もほとんどないと思う。もっと言えば子供の頃の嫌な思い出を振り切れる大人なんていないよね」
「普通はね」
「でも世の中には普通じゃないこともある。起こりえるんだ」
僕の言葉に誰も答えない。
「僕も君も、僕達全員、人生に疲れ果てるのは早すぎたかもよ」
ただ三人ともじっとこちらを見つめている。
夕陽が窓から入り込んできている。
僕は昔、子供時代に放課後の教室に四人で集まっていた頃を思い出していた。あの時も夕陽が眩しいほどに入り込んで、みんなの顔を照らしてたっけ……
「それが彼女の、荒野桐絵から私への、いえ、私達へのメッセージだって言うの?それを伝えるためにわざわざダイ君の前に姿を現したっていうこと?」
少し可笑しそうな顔で真子が聞く。
僕はこくりと頷いた。
「なるほど。つまり俺たちへの叱咤激励ってわけだ。喉の奥に刺さった魚の小骨をとって捨てるだけじゃなく、さらに大きな魚を捕りに行けって言うわけか」
「余計なお世話よ、全く。大体なんで今頃になってそんなこと、わざわざ回りくどい方法で伝えに来たのよ」
「さあね」僕は食べ残しのロールケーキをちらりと見てから、「でもさ、もしみんながよければまた集まって推理してみるっていうのはどう?」
僕の言葉にみんな苦笑いで答える。
でも何だか気持ちのいい苦笑いだ。
大人の余裕と取り戻せない過去に対する少しの切なさを感じさせる、そんな苦笑いだった。
「少年少女探偵団の次回の会合はともかく、真子、君はこれからどうするんだ?」
「実をいうと、事務所に籍はまだあるの。」
「あら、じゃあすぐにでも社長に連絡を取りなさいよ」
「水菜、今関わってるアメリカの不動産会社買収の案件、もしよかったら君も携わってみないか?きっとやりがいがあると思うんだ」
まるでこの十五年間を取り戻すかのように、みんな会話を楽しんでいる。
顔つきまで、昔に戻ったかのようだ。
その光景が、何だか無性に尊いものに思えてきて、不覚にも一瞬、僕は涙ぐんだ。
「それで、和也は今回分かった真相を小説にして、発表してくれるんだよな」
ダイが僕を見て、そう聞いてきた。
「たまには、読むだけじゃなくて、書く方にも挑戦してみろよ」
「もちろん!」
僕は大きく頷いて言った。
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