赤の歩兵

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 またしてもダイの読みは外れた。  二週間後、僕らは近所の公民館の一室に再び集まることになった。 「残念だけどダイ、あんたの読みは外れたわね」  水菜の言葉にダイは悔しそうに顔をしかめた。  あれからしばらくして、ワイドショーのネタも芸能人のゴシップネタに移りかけてきた頃のことだった。  いつまでもあんな空き家が放置されているのはよくないとのことで、市はお屋敷の撤去を決めた。ところがフィジーにあるという現在の持ち主の会社は完全なダミー会社だったのだ。 「実在しない会社だったんだよね?」 「あら、海外じゃ珍しくないのよ。税金対策のためのペーパーカンパニーっていうやつね」  僕の問いに真子が肩をすくめて答えた。 「それより問題はあの壁よ。何なのよ? あれ」  水菜の言っているのは、お屋敷の壁のことだ。市の重機が壁を打ち崩したとき、中から出てきたのは分厚い鉄板だった。それも一面だけじゃない。すべての壁がそうだったのだ。  どうりで真子の携帯電話がつながらないはずだ。  あのお屋敷では誰かが監禁されていたのではないか?マスコミは一斉に色めきだった。 「やっぱり娘の荒野桐絵は監禁されていたのね」  真子の言葉にみんなもうつむく。  監禁。確かにそういう噂はあった。  でも本当にそうなのかな?  実際に屋敷の中にはそういった感じはなかったけど……  何か気になる。  何だろう?  僕は公民館の壁を見た。  それから窓を。  外はどんよりとした曇り空だった。  曇り空……え? 「……鉄格子」 「え?」 「どうした?和也」 「何の話?」 「あのお屋敷、窓に鉄格子が嵌まってなかった……」  しばしの沈黙の後ダイが指をぱちんと鳴らした。 「そうだ。もし、本当に監禁されていたのだとしたら、窓に鉄格子を入れていたはずだ。そうでなきゃ、俺達がしたみたいに窓を割って逃げだせたはずだ」 「じゃあ、監禁されてたわけじゃないってこと? でも、それだったらなんのために壁の中に鉄板なんて入れてたのよ?」 「考えられる理由なら他にもあるさ。例えば逃がさないためじゃなく、守るためだったとかな」  ダイの言葉に首をかしげた水菜だったが、すぐにハッとする。 「まさか病人の隔離?」  ダイは頷いて言った。 「荒野泰造の娘、桐絵が何らかの感染症にかかっていたとすれば、説明はつく。実際のところはどうか知らないが、空気感染によって病気を広めてしまうのを恐れて、部屋の気密性を高めるために、壁の中にまで鉄板を入れていたんだ。正直、そこまでしなくてもとは思うけどね」 「……確かに可能性は高いね。地元の人とほとんど接点がないのも、それなら分かるわ。おそらく料理と掃除にお手伝いさんが来た時は、娘は自室にこもっていたんでしょう。それに病気で身体の弱った一人娘を、物理的な攻撃から守りたかったとも考えられるわ。地震とか火事とか」 「……結果的に、その考えは正しかったわけよね。あのお屋敷はその後の空襲も、大震災も生き残ったわけだから。それに部屋の空気が悪すぎたのも、これで納得ね。ドアを閉めてしまえば、空気の出入りはほとんどなかったはずだもの」  真子の発言に、水菜が大きく頷く。  その時、僕の心に何かが引っかかった。  空気は悪すぎた……  空気の出入りはほとんどなかった……  何だろう……  あの日の光景を思いだしてみる。  空気は確かに悪かった。おまけに窓を閉め切っているせいで、日光は差し込まず冷え込み、さらに立地のせいなのかひどくジメジメしていた。  それにあの死体。忘れようたって、忘れられるわけがない。とても美しい顔立ちではあったが、白く生気の消失した、まるで……人形……  僕の頭のなかで、何かが弾けた。 「屍蝋(しろう)という現象があるんだ」 「屍蝋? 唐突にどうしたの?和也君」  そう言ったのは水菜だが、水菜だけでなく真子やダイも怪訝そうな顔をしている。 「低温、湿潤、さらに外気から隔絶された環境にあって、体内組織が変性し死体が腐敗せず、まるで身体全体が蝋人形のようになったもののことをいうんだけど、まさにあのお屋敷の環境にあてはまるでしょ?」 「……つまりミイラってことか?」 「いや、ミイラとは違うんだよ、ダイ。ミイラというのは、乾燥と風化によって基本的にボロボロに朽ち果てて、原型をとどめていない。でも屍蝋はそうじゃない。死んだ時の状態をそのままずっと保っているんだ。マネキンみたいに」 「死体が朽ちないなんて、そんなことが本当にあるかしら?」 「うん。確率は低いけど、条件さえあえば起こり得る」 「おい、和也。まさかあの死体、娘の桐絵が屍蝋化したものだって言うんじゃないだろうな」 「いや、そう考えれば説明がつくんだ」
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