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キャスリング
この十五年間、ミステリー小説だけが僕の生活の中心だった。
現実世界における出来事は全て、学校生活も、人間関係も、どこかの国のミサイル発射実験も、世界的なインフルエンザの大流行すら、どうでもいいことだった。
時折夢の中に、美しくもまるで生気のない顔が浮かぶ。
だが、それはすぐに泡のように消えていく。
実体はない。
ただの記憶の澱のようなものだった。
そんな夢をみたあとは、いつもひどく身体が震える。夏でもそうだ。
ミステリーを読んでる時、そこに繰り広げられる世界、謎、解明されるカタルシス、真実、それだけが僕に人間らしさを取り戻させた。
普段の僕は、通信教育課程で機械工学を学んでいる、留年を過去に二度した大学院生。はっきり言ってしまえばニートの一歩手前だった。
リアルな交友関係も、ほとんどない。
時折、授業に必要な事項を書いたメールやメッセージがくるくらいだ。
だから、最初に電話からの声を聞いた時、その声の主をすぐには思い出せなかった。
「久しぶりだな、和也。元気にしてたか?」
「……え~と、どちら様?」
僕の問いに電話の向こうで、失笑する音が漏れた。
「まあ、十五年ぶりだもんな。分からなくて当然だけどさ……俺だよ、ヤマモトマサルだ」
「ヤマモト……マサル……?」
最初、誰だか分からなかった。
だって十五年前、僕らはそうは呼んでなかったのだから。
あの時の呼び名は、そう……
「ダイだよ。昔、小学校で一緒に新聞を作ってたの、忘れたのか?」
「……ダイ……?」
そうだ。ダイだ。
僕の頭に、急速に小学生時代の思い出が次々と蘇る。
この十五年、むりやり記憶の奥底に封じ込めていた思い出が。
新聞作り、真子と水菜の美少女コンビ、あの荒野泰造のお屋敷への潜入、消えた死体、世間からのバッシング……
そして僕らのそばにはいつも、ハンサムで頭のキレる少年が一人いたことを。
本名、山本大。
下の名前である大を読み変えて、ダイとあだ名されていた少年が。
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