6人が本棚に入れています
本棚に追加
チェック
「十五年ぶりに呼びだしたと思ったら、何なのよ? ここは」
さすがにツインテールはやめたらしい。髪をきれいに結い上げ、センスのいい、ともすれば少し派手なメイクを施し、ブランドもののカーディガンをまとった姿でそう言ったのは水菜だった。
僕達は今、ダイの呼びかけで六本木にある古い図書館に来ている。六本木と図書館のイメージは合わなかったけど、なかなか落ち着いた、いや、いささか落ち着きすぎな建物だった。
利用客はほとんどおらず、そのことが実際以上の静けさを感じさせた。
事前にダイが借りておいた二階のワーク室は、ちょうど狭い会議室のようなつくりで、ホワイトボードやテーブルが並んでいる。びっくりするほど殺風景だ。
「新聞委員会の集まりなんだ。ピッタリだろ?」
そう言って、ダイは肩をすくめる。
聞けば、ダイは今、アメリカで仕事をしているらしい。なんだかやたら仕草がオーバーになっている気がする。
特徴的なウェーブのかかったロン毛はそのままに、モデルのようなスタイルの良さが様になっている。
「今流行の遠隔ビデオ会議じゃダメなの?」
そう言ったのは真子だ。
実は、ダイから十五年ぶりにかつての六年二組新聞委員会のメンバーで集まると聞いたとき、真子の姿を見るのが一番怖かった。
噂では、真子はあれからずっと引きこもっていたらしい。
かつての可愛らしさ、美しさが失われた姿を見るのは、アイドル時代を知っているだけに忍びなかったのだ。
全く的はずれな心配だった。
十五年にわたる屋内での引きこもり生活は、むしろ真子のもっていた可愛いさ、美しさに、病的なまでの妖艶さと凄みを付け加えていた。
「実際にみんなの顔を見たかったっていうんじゃだめか? かつての友の顔をさ」
ダイの答えに、真子はプイとそっぽを向いた。
「それでさ、ダイ。わざわざ僕達を呼びだしたのは、何か理由があるんでしょ」
「その前に一つ聞いておきたいことがある。みんな、今、幸せか?」
そう言って、ダイは僕達の顔をぐるりと見回した。
「はぁ?唐突に何よ?まさか、あんた、私達に何か売りつけようって気じゃないでしょうね?」
「質問に答えろよ、水菜。今、幸せなのか?」
「今ね、私は通訳や翻訳の仕事をしているの。企業間や政府間のやり取りを仲介することもある。ハリウッドスターや有名スポーツ選手の通訳だってしたことあるわ。年収だって、断トツの手取り二千万円超えよ。私の仕事ぶりに憧れてる後輩達だってたくさんいるの。その私に幸せか?ですって!?」
水菜はそう言って、唇の端を歪めた。
「なるほど。君は子供の頃からやりたかった仕事をやってるわけだ。だが、それは質問の答えにはならないぜ」
水菜は何も言わず、じっとダイの顔を見てる。
「……かつてビートルズのジョン・レノンは子供の頃、学校で将来何になりたいか? と課題を出され、幸せとだけ書いたそうだ。先生に課題の意味を理解していないのね、と言われたジョン・レノンはなんと答えたと思う?」
そう言ってダイは、小首を傾げた。まるで子供に問題の答えを問い尋ねる教師のように。
「先生は人生を理解していない」
そう言ってから、ダイはもう一度聞いた。
「みんな、今、幸せなのか?」
「何を言わせたいのよ?」
「幸せのはずがないってことさ。十五年前のあの日以来、本当の意味で俺たちが幸せになったことなんてないはずだ」
「……ダイ君、まさかあなた、十五年前のあのお屋敷で起きた謎をもう一度検討するつもりなの?」
「そうだ。あの死体は本当は誰だったのか?なぜ消えたのか?もう一度推理する」
「何言ってんのよ。謎ならもう解いたじゃない?」
水菜がボソッとつぶやく。
そもそも、あのお屋敷は十五年前に取り壊されてしまった。今さら事件の真実を明らかにするのは、不可能だという気もする。
「いや、解けてないのさ。少なくとも俺たちの中ではな。この十五年、喉に引っかかった魚の小骨みたいになってる。こいつを取り除かなきゃ、ずっと後ろを振り返ることになる」
そう言うと、ダイは右手を前に差し出した。
水菜はしばらくその手をじっと見ていた。
それからダイの顔を見た。
もう一度、手を見た。
やがてフッと笑った。
「あんた、いつからアメコミのスーパーヒーローになったの?」
そう言ってから、水菜はニヤリと笑って自分の右手を重ねた。
手を重ねるダイと水菜を見て、ふと思うことがあった。
かつて僕は、死体が消えた謎を屍蝋の風化による消失と結論付けた。
あれは唯一の正解だったんだろうか?
あの時、死体が消えた謎について別の正解を出していたんだとしたら、今とは違う未来があったんじゃないだろうか?
もう今さら考えても、仕方のないことだ。
でも、少しでも取り戻せるものがあるとしたら、取り戻したいものがあるなら……
「まあ、事件を解き明かしたら、それをネタにミステリー小説を書くほうにチャレンジしてもいいかもね」
僕も右手を二人の手に重ねた。
それからダイは最後の一人に向かって言った。
「知っているか? 真子。今でも君のファンは君の帰りを待っていることに。かく言う俺もこの十五年間、ずっと君がドラマや映画に復帰するのを待っていた。新聞のドラマや映画の出演者欄に君の名前が載っていないかと、毎日目を凝らしていたんだ」
真子は何かを考えているようだった。
じっと僕達を見て、それから自分の右手を見た。
彼女が何を考えているのか、僕には分からない。でも一つ確かなことがある。真子を真子たらしめているのは、その容姿の美しさ、ではないのだ。
十五年前、あれだけ大人達から罵倒されても、決して目の中の光を絶やさなかったその不屈の精神、心の強さなのだ。
「のぞむところよ」
真子の右手は想像していたより、ずっと暖かかった。
最初のコメントを投稿しよう!