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いつの間にか、水菜が持ってきた高価なロールケーキが振る舞われている。
赤坂や白金に住むお金持ちの間で流行っているらしい。
水菜が少し得意げに紹介し、ダイがそれをやや呆れ顔で見ている。
「要するに、空港でそのエリーナさんっていうきれいな女性に発破かけられて、誰かさんは名探偵に目覚めちゃったってわけね」
水菜も負けてはいない。コーヒーを口につけながら、皮肉たっぷりに言った。
「男っていうのは、いつまでたってもガキなんだよ。なあ、和也」
「うん、まあ」
エリートビジネスマンのダイならともかく、半分以上引きこもりのニートに近い僕がそれを言うとシャレにならない。僕はややひきつった笑いで答えた。
「でも、十五年前にした推理以上の推理なんてできるかしら? もう記憶もあいまいだし」
「真子の言う通りよ。大体、そのエリーナって何よ? 今さら私達に何をさせたいのよ?」
「エリーナ・イコラって、そもそもその人、いったいどこの国の人なの?」
僕の問いにダイは肩をすくめた。
「俺も正直、よく覚えてないんだ。仕事で一緒になったことがあるって、向こうは言ってたけどな」
しれっと言うダイをあきれた様子で見ながら、水菜が僕のほうを向いた。
「イコラなんて名前、ロシア系じゃない?」
「外見的には日本人っぽい感じがしたんだけどな……」
ダイが首を傾げながら言った。
真子は黙ってロールケーキを頬張っている。
うーん……どうにも集中できない。
何か取っ掛かりああれば……
水菜とダイはいつの間にか、世界的流行を見せているインフルエンザが今後世界に経済に与える影響について話している。
そういえば、ダイって本名は大なんだよな。エリーナ・イコラってどんな字を書くんだろう?
……字?
え……まさか?
「まさか……アナグラム?」
僕の言葉にみんな、一瞬ぽかんと口を開けたがすぐに真相に気づいたようだ。
「名前の並び替えってことね!和也君」
「エリーナ・イコラの字の並び替えってこと?」
「そんな、まさか……」
いち早く真相に気づいたダイが口惜しそうに歯を食いしばる。無理もない。本当の名探偵なら二ヶ月前に空港で相手がエリーナ・イコラ(Erina・Ikora)と名乗った時点で気づくべきだ。
それが、荒野桐絵(Arano・Kirie)のローマ字での名前を並び替えたものだと。
「間違いない。思い返してみれば、荒野桐絵とエリーナ・イコラは確かに同じ顔立ちだった」
「ダイ、あなた、空港で顔を見た時に、昔お屋敷で見た死体と似てるなとか思わなかったの? あれだって顔のつくりは相当な美人だったじゃない?」
「無理言うなよ。髪型も服装も雰囲気も何もかも違うんだぞ」
「ちょっと待ってよ、二人とも。そもそもあの時お屋敷で見た死体は、結局何だったのかしら?」
「あの時、死体の脈を確認したのは俺だけだ。ひょっとしたらただの勘違いだったのかもしれない」
「勘違い?」
ダイの言葉に真子が首を傾げる。
いくら当時のダイが小学六年にしては勘がいいとは言っても、あの状況下で死体とあるものを間違えた可能性は十分にある。そのあるものとはもちろん……
「蝋人形だね。荒野泰造が扱っている品の中にあったはずだよ。きっと海外の有名人の博物館みたいに、娘に似せて作らせたんじゃないかな」
僕の言葉にみんな顔を見合わせる。
それからすぐに「悪い、みんな」と、ダイがペコリと頭を下げた。
水菜が何か言うかと思ったが、誰も何も言わない。むしろみんな、少しほっとしたような顔でダイを見ている。
「たとえ蝋人形だったとしても、僕達があの日ドアを開けたことによる気流の変化で一気に朽ち果ててしまったという事実に変わりはないものね」
「ええ。和也君の言うとおりよ。問題はそれよりも、なぜ彼女がダイ君の前に現れたのか?よ」
「ダイ、あなた最近何か目立つことした?」
「別に普通に仕事をしてるだけだけどな」
「個人的には彼女が年を取らない秘訣を知りたいのよね。もし荒野桐絵=エリーナ・イコラが本当だとしたらアンチエイジングなんてレベルじゃないわよ。私が今よりもっとキレイになっちゃったらどうする? 和也君」
そう言って真子は僕にウィンクしてきた。
「真子、あんまり和也君をからかわないであげて」
苦笑いしながら水菜が言った。
「和也、そう言えばお前、今彼女とかい」
「何で荒野桐絵が年を取らなかったかなんて、いくらでも説明はつくよ」
ダイが余計なことを言わないようにと、適当なことを言ってさえぎったのだが予想外にみんなの注意を引いたようだ。
みんなの顔つきが一気に真剣なものになった。
しょうがない。このまま話を続けるしかない。
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