はじまりはじまり

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はじまりはじまり

よろしくお願いします。 ✱✱✱  煉瓦造りの洋風の学舎の廊下を、牡丹色の着物、濃藍色の袴を着た女学生達が並んで歩いていた。  朝活動の前に、教室へやって来た担任から臨時の全校集会があることを知らされ、彼女達が向かっているのは校舎に隣接する大講堂。 「臨時の集会だなんて、何があったのかしら?」 「まさか、また切り裂き魔が出たとか? 嫌だわぁ」  口元に手を当てた女子生徒は、恐怖に顔を引き攣らせて身震いする。 「切り裂き魔って何?」 「えぇ? 鈴(すず)は切り裂き魔のことを知らないの?」 「うん」  髪を三つ編みにした女子生徒から鈴と呼ばれた、長い黒髪を後頭部の高い位置で一括りにしている少女は、申し訳なさそうに首を横に振る。 「あやかし研究倶楽部のメンバーとして、怪異を知らないのは不味い。あのね、切り裂き魔って言うのは、」 「しっ」  三つ編みの女子生徒の話を遮るよう、前を歩いていた女子生徒が後ろを振り向き、自分の人差し指を唇に当てた。 「静かに。鈴さんはまだ編入したばかりだから知らなくて当然よ。先生方から切り裂き魔のことは口に出さないよう指導されているでしょう。今回の集会は切り裂き魔のことではなく、先日入院された今田先生の代わりにいらっしゃった先生の紹介らしいわ」   (今田先生の入院、それって)  風変わりな嗜好を持った教師の入院には、少しばかり心当たりは有る。  口を開いて声を発しかけた鈴は、階段の前に立つ教師の姿に気付き慌てて口を閉ざした。    登校している生徒全員が大講堂へ入り、クラスごと整列が完了すると控えていた教師によって扉は閉められる。  舞台上で長い挨拶を話し終えた学長と入れ代わり、舞台に上がった教頭は今回の集会の趣旨説明を生徒達へ始めた。 「……十分気と引き締めて、清淑女学校の名を穢すことなく生活を送ってください。では、これより体調を崩され入院された今田先生の代わりに、今日から本校へ来て下さった先生を紹介します。此方へ」  舞台袖へ手を差し伸べる仕草えをした教頭の合図で舞台袖から高身長の若い男性が演台前へと進み出る。    正面を向いた男性教師の顔を見て、鈴は「あっ!」と声を上げそうになり慌てて口元を手で押さえた。 「#火廣__ひひろ__#先生です。国語の授業と、一年一組の副担任もして頂きます」  艷やかな黒髪と黒眼をした、一言で言い表すならば衆目美麗な男性教師の容姿に、控え目な歓声が三年生の生徒達から上がる。  上級生の前で声を上げるのは抑えつつも、鈴の周囲に居る女子生徒達も色めき立っていた。 「火廣です。皆さんよろしく」    火廣と名乗った男性教師が浮かべた微笑みに生徒達は勿論、隣に立つ教頭までもが彼の姿に見惚れていた。 (うわぁ……)  ただ一人、鈴だけがその微笑に違和感と恐怖を抱き、込み上げてくる胃もたれに似た症状を堪えるため胸に手を当てた。    全校集会が終わってから放課後になるまで、幸いにも国語の授業は無く職員室に行く用事のなかったため、鈴は火廣と接点を持たずに過ごしていた。  接点がないのならば他人の空似、気のせいだと言い聞かせたいところだが、毎日関わる相手を見過ごすわけにはいかない。    昇降口へ向かう廊下の途中で、一人になった火廣の後ろ姿を見付けた鈴は意を決し声をかけた。 「すみません」  鈴の声に反応した火廣は足を止め、ゆっくりと振り返る。 「あの、先生にお話したいことがあるのですが、いいでしょうか」 「かまわないよ」  目を細めた火廣は、見る者全てを虜にする素敵な微笑みを、鈴から見たら胡散臭い嘲笑を浮かべる。  色彩も違うし単なる他人の空似かも、という迷いは霧散し、見覚えのある表情をする火廣が“彼”だと確信した。   「火廣先生ってどういうことですか? 貴方は何を考えているの?」    真っすぐに見上げて来る鈴からの問いに、胡散臭い笑み。  口角を上げ、笑みを深くした火廣から人当たりの良い柔和な雰囲気が消え、“彼”特有の剣呑な雰囲気へと変化していく。 「やはりお前には術は効かぬか」  フンッと鼻を鳴らし、火廣は右手人差し指を軽く振るう。  周囲から生徒達の気配も声も、窓から吹きぬける風の音、全ての音が消え失せる。 「面倒な隠形の術を使わずとも、教師という立場になれば此処でも鈴の側にいられるだろう。この前の一件で、お前は目を離すとすぐに、面倒事に首を突っ込むと分かったからな」 「どうやって教師になったの。それに授業は出来るの?」  一月前まで暗い蔵の奥に封じられていた時代錯誤で物騒な考えを持つこの男が、荒事ではなく良家のお嬢様方向けの授業を行う姿など想像できない。 「人心操作など容易いことよ。たかだか十数年生きただけの童達の学問だろう。火廣は仮初の姿とはいえ、役目は果たすさ。お前は俺を誰だと思っているのだ」 「胡散臭い付喪神」  怖いけれど過保護な、という言葉は口には出さず飲み込む。 「小娘が」  クククッと愉しそうに嗤った火廣の瞳が揺れ、黒色から深紅へと、彼本来の色彩へと変化していった。  
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