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嬉しそうに頬をゆるませて、鈴は包み紙の中の金平糖を摘まみ口に頬張る。
何か言いたげにしている茶釜と鞠の妖は心配そうに上目づかいで鈴を見るが、無表情で強い圧を放つ緋に圧し負けて閉口する。
鈴が全ての金平糖を口に入れたのを確認し、緋は妖達から視線を外した。
「お嬢ー、そろそろ続きをしましょうよー」
「あ、そうだった。裁縫の続きをするんだった」
奥の部屋から甲高い女の声が聞こえ、妖との約束を思い出した鈴は緋を見上げた。
「行ってこい」
「うん。金平糖美味しかったよ。緋さんありがとう」
蔵から出て来て離れに住み着いた妖は、挙って鈴の世話を焼こうとする。
世話を焼こうとする妖の一匹、裁縫箱の妖に裁縫を習いに室内へ入っていく鈴の背中を見送り、緋は襖を閉めた。
鈴から奪い取った包みを開き、饅頭を一つ摘まんだ緋は器用に片眉を上げる。
「ありがとう、か。全く持って危機感が足りぬ娘だ」
「ヒヒイロ様~」
縁側へよじ登った毬猫は、尻尾と耳を垂らして緋の足元に座った。
「ヒヒイロ様、どうしてお嬢から饅頭を奪ったの? オイラも食べたかったのに。それに今お嬢に食べさせたのってさぁ。いいの?」
縁側の板に前足を掛けた茶釜犬も恨めしそうに顔を覗かせ、何も気付かない妖達を見下ろした緋は呆れたように息を吐く。
「この菓子には毒が入っている」
「「ええ!?」」
驚きのあまり、仰け反った茶釜犬は後ろへひっくり返った。
「妖が食べてもどうにもならぬとも、只人の鈴に食わせることは出来ぬ。饅頭一つに入っているのは微量だが、全て食べたら弱い娘の体では耐えきれない。急性中毒を起こしどうなることか。俺と契約を結んだ娘を弑そうとするなど……くくく、愚かなことを考えたな」
ボウッ!
冷笑を浮かべた緋の手の上にある饅頭が炎に包まれ、瞬く間に塵と化し吹き抜けた風に飛ばされていった。
「お嬢~」
上半身は浴衣を着た女、下半身は裁縫箱の姿をした妖から刺繍を習っていた鈴の膝の上へ、両目に涙を溜めた毬猫は頭を擦り付ける。
「どうしたの? 茶釜と喧嘩でもしたの?」
縫い針と手拭いを畳の上に置いて、鈴は甘える毬猫の顎下を撫でた。
「鈴」
背後から掛けられた声に鈴は反射的に振り向き、毬猫は裁縫箱の妖の側へ移動する。
「手を出せ」
先ほどよりも険しい顔になっている緋に首を傾げつつ、言われた通り手を差し出す。
片膝を畳につけて身を屈めた緋は、差し出された手を掴むと口を開いて小指側の側面に噛み付いた。
「いいっ!?」
鋭い犬歯が皮膚を突き破り、筋肉へまで突き刺さる痛みに悲鳴を上げ、鈴は手を引こうとした。だが、緋から逃れたくとも彼は掴んだ手から離してくれない。
それどころか、動こうとすればするほど犬歯は深く突き刺さっていく。
犬歯を突き立てた手の側面から流れ出る血を啜る度、緋の喉ぼとけが上下に動く。
妖達は物音一つ立てず緋の吸血行為を見守り、じゅるじゅると血を啜る音と自分の呼吸音が鈴の耳に届く。
痛みで涙が零れ落ちて、ようやく緋は犬歯を引き抜き掴んだ手を解放する前に、ぺろりと傷口に舌を這わす。
「なん、何して、何するのよっ」
解放された手を胸元に当てて一歩下がった鈴は、垂れそうになる鼻水をスンッと鼻を鳴らして啜った。
「傷は塞いだから痛まないだろう。隷属契約によって、俺は鈴の気配を感じられる一定距離から遠くへ行けない。離れて動けるよう、少々血を貰ったまでよ」
「遠くって、何処かに行くの?」
「ああ。少しの間、鈴の傍から離れる。俺が戻るまで外に出ず、静かにしていろ」
問う鈴の耳元に唇を近付け、囁くような低い声で言われた言葉は“命令”だった。
噛み付かれて吸血されて文句の一つも言いたいのに、色気を盛大に含んだ声を流し込まれた鈴は何も言えずに固まる。
固まる鈴の頭を一撫でして、緋は室内と襖の間から見守っていた妖達を振り返った。
「お前達は俺が不在の間、鈴を守れ。奴等を近寄らせるな」
「はーい」
「いってらっしゃーい」
妖達に見送られて出て行った緋の気配が建物から消えても、俯いた鈴は固まったまま動けなかった。
「あら? お嬢、顔が真っ赤よ。初心ねぇ」
「いえいえ、先ほどのヒヒイロ様から放たれた色香は、私もときめきましたから」
「普段、素っ気無い方なのにあんな声で囁かれたら、惚れてしまうかもしれないわぁ」
掛け軸から出て来た天女と裁縫箱の妖は、口元に手を当てて楽しそうに声を弾ませた。
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