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襟足のみが肩に付く短髪は腰に届くほど伸び、髪色も毛先にいくにつれて薄墨色となる銀髪に、瞳の色は深紅色へと変わり、緋廣という名の仮初の姿から本来の付喪神の姿へと変化していく。
「緋(あか)さんが洋装だなんて、変な感じ」
普段の派手な羽織を肩に掛けた着流し姿と違い、この美麗な付喪神はスーツもよく似合っている。とはいえ、違和感に鈴は首を傾げてしまう。
「洋装は着慣れぬが、俺が和装で此処にいたら目立つ」
「確かに、緋さんの存在感は凄いもの。さっきだって、ほとんどの生徒が緋さんに見惚れていたし」
臨時集会で、舞台袖から緋廣が出て来た時の生徒達の反応を思い出し、鈴は苦笑いした。
教師としての仮初の姿を、多少なりとも人の枠に入る姿にしてくれて良かった。
緋本来の姿が放つ、退廃的で危険な雰囲気を異性への耐性が少ないだろう学園へ通うお嬢様達には、刺激が強すぎて面倒なことになっていただろう。
「……鈴も俺に見惚れたか?」
「私はそれどころじゃなかったよ」
緋廣という名の教師が緋だと気付き、動揺を抑えるのと頭の中で情報を整理しようとして混乱していたため、彼の顔など見ていなかった。
「ふ、つれない娘だ」
手を伸ばして鈴の頬を一撫でし、目を細めた緋は器用に片眉を上げた。
「呪いをかけた術者の望み通り、鈴が“幸せな一生”を終えるまでこの忌々しい鎖は外せぬ。お前が拒否しても、俺は側に居なければならぬ」
鈴の頬から滑り落ちた指先は、彼女の首に触れて離れていく。
自身の首に巻き付いている漆黒の鎖に触れ、緋は愉し気に喉を鳴らした。
「だ、だからといって教師になって学校に来ること無いじゃない。学校では楽しく過ごしたいのに」
「無視すればよいのに、妖に関わろうとするお前が悪い」
「えーとそれは、妖の方が寄って来るから、倶楽部に入ったのは、断りきれなかったというか、その仕方ないでしょう」
妖と関わるなと忠告されたのに、緋からの忠告を無視して妖と関わったのは鈴なのだ。
上手い言い訳も浮かばず、思わず鈴は横を向いた。
「そ、そうだ、高梨家の方はどうなっているの? お祖父ちゃんは元気になったの?」
話題を変えようと、咄嗟に浮かんだ高梨家のことを口に出す。
「簡易的な毒抜きはしたが、十数年の間に蓄積した毒だ。あの爺でも快癒にはまだ時間がかかるだろう。他の者達、強欲な息子夫婦は勘当すると爺は言っていたな。孫共の処遇は知らぬが、脅しておいたからもう悪さは出来ないだろう」
「そう、だったよね」
一月前、高梨家の屋敷を半壊させて伯父夫婦を脅迫した付喪神は、極悪な悪鬼そのものだった。
横で見ていた鈴でも畏怖したくらいだから、威圧されて耐えきれず気絶してしまった伯父夫婦は、どれだけの恐怖を抱いたのだろうか。
(祟り殺すとか物騒なことを言っていても、この付喪神は伯父から私を守ってくれたのよね。私が高梨家を離れられるよう、学校へ通えるようにお祖父様と交渉してくれたし)
望まない隷属関係となったこの付喪神が、ただ恐ろしいだけの存在ではないと鈴は理解していた。
「どうした?」
「お腹が空いたなって、今日の晩御飯は何かなって思っただけ」
見惚れることは無かったが、集会が終わってから今までずっと緋のことを考えていたとは言えず、鈴は笑って誤魔化す。
「ああ、俺も術を多用して腹が減った。鈴、手を貸せ」
「え、学校では駄目だって」
妖しい笑みを浮かべる緋の瞳の瞳孔が細くなる。
後退って距離を空けようとする鈴の手首を掴み、緋は彼女の人差し指を口元へ近付けた。
「待って、駄目っ」
制止しようとジャケットの袖を掴む鈴を無視して、赤は口を開き彼女の人差し指に鋭い歯を突き立てた。
「痛いぃ」
人差し指に走った痛みで鈴は悲鳴を上げ、ビクリッと体を揺らした。
歯を突き立てた人差し指から血を啜り、緋の喉ぼとけが上下する。
人差し指の痛みと緋が血を飲み込むゴクリという音に、鈴の背筋が冷たくなった。
術を使い消費した妖力を補う分の血を啜り、唇を離して傷口から滲み出てくる血を舌先で舐め取ってから、緋は鈴の人差し指を解放した。
「ちょっと、吸い過ぎっ」
深くまで歯を突き立てられた痛みで、涙目となった鈴はスンッと鼻を鳴らして緋を睨む。
「腹が減っていたんだ。傷は治したからいいだろう」
「だからって、駄目だって言っているのに噛みつくことないじゃない。痛かった、ぶっ」
なおも文句を言う鈴の顔面へ、緋は手の上に出現させた黒色の丸い毛玉を顔面へ毛玉を投げつけた。
『きゅう』
毛玉がぶつかった衝撃で、鼻を押さえた鈴の手にしがみ付いた毛玉から手足が生え、大きな尻尾が労わるように手の甲を撫でる。
「狐と一緒に先に帰っていろ」
毛玉から黒色の子狐に変化した妖は、しがみ付いていた鈴の手から肩へと飛び乗り、頬に顔を擦り付けた。
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