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高梨家で居候以下、使用人以下の扱いをされるのならば何故、此処に来させられたのか分からないまま、半月が過ぎた。
昔から高梨家に仕えており、母親をよく知っていて鈴に同情的な初老の使用人と女中が他の者達の目を盗み、食事と日用品を持ってきてくれなければとっくに衰弱して床に伏していただろう。
使用人と女中の話によれば、鈴の祖父にあたる高梨家現当主、章政は五年前から体調を崩し入退院を繰り返しているらしい。
現在は予断を許さない状況が続き、母親が亡くなったことも鈴が高梨家引き取られたことも、伝えられていないという。
口には出さずとも、駆け落ちした娘のことを気にかけていた章政が、鈴の待遇を知ったら伯父一家を許さないはずだ、とも女中は憤っていた。
ドンドンドン!
激しく扉を叩く音が離れ全体に響き渡り、着物の解れを縫っていた鈴の手が止まる。
「おい! 出て来いよ!」
ガラッ!
声変わり途中の少年の声とともに引き戸が開かれ、どかどかと木の床板を足音踏む音が聞こえ、溜息を吐いた鈴は着物を畳の上に置く。
バンッ!
勢いよく開かれた襖の堅縁が木枠に当たる振動で空気が揺れる。
「おい! 鈴!」
皮靴で床に上がり、ズボンのベルト部分に手を引っかけてふんぞり返るのは、鈴と同年代の小太りの少年だった。
少年の後ろには彼とよく似た妹が付き従い、同じように腰に手を当ててふんぞり返る。
「居候のお前にぴったりの仕事がある。こっちへ来いよ!」
言い終わる前に少年は正座していた鈴の手首を掴む。
勢いよく手首を引っ張られ、体勢を崩した鈴は勢いよく畳の上へ倒れる。
「痛っ、放してください」
「ちっ! 愚図だな。いいから来い!」
舌打ちした少年は鈴を無理矢理立ち上がらせ、開け放した襖から廊下へ引っ張っていく。
「しっかり歩きなさいよ!」
「いっ」
背中を少女に拳で叩かれ、痛みのあまり鈴は彼女の方を振り向いた。
「何? 睨んできて生意気だってお父様に言いつけてやるわ!」
甲高い声で叫んだ少女はさらに鈴の背中を殴りつけた。
無理矢理歩かせる二人へ制止の声を発したいところだが、彼等は伯父章宏の子ども。
学業が苦手な少年は時折、学校での鬱憤を晴らすため鈴へ嫌がらせをするのだ。
居候の分際だと思われている鈴が、生意気な態度をとったと従妹(とはお互い思ってもいない)が両親へ言いつけられたら、伯父夫婦から何をされるか分からない。なおも背中を殴る少女に反撃したくなるのを、ぐっと堪えた。
使用人達は鈴が引き摺られているのを見ても、我儘な二人の癇癪に巻き込まれたくないと見て見ぬふりをする。鈴が我儘な二人の発散相手になれば、自分達の仕事が楽になるからだった。
庭の奥まった場所まで歩いていくと、選定されていない木々の間から古く大きな蔵が現れた。
蔵の戸は開かれており、暗い内部は魑魅魍魎が住まう世界への入口に見える。
建てられてから百年は優に超えるだろう古い蔵の表面には、大きな亀裂が入り少なくとも数年は手入れされていないことが分かった。
「いいか、今からお前はこの蔵の片付けをするんだ。使用人がやればいいのに、御祖父様が高梨家の血筋の者がやらなければ駄目だと言うから、俺達がやる羽目になったんだがこんな汚い蔵など入りたくない。お前は一応、お父様の妹の子どもだろう」
「……嫌です」
普段は見下しているのに、都合の良い時だけ高梨家の血筋扱いをする少年へ苛立ち、考えるよりも先に声が出た鈴は彼と視線を合わせた。
「坊ちゃんが言いつけられたことを私がやるのは、旦那様の意に反します」
初めて自分に対して反論した鈴に、驚きに丸くなった少年の目が吊り上がっていく。
「うるさい!」
ドンッ!
「きゃあ!?」
怒った少年によって突き飛ばされ、悲鳴を上げた鈴は蔵の入口の床へ尻もちをついた。
強か打ち付けた尻の痛みで立ち上がれないでいる鈴の肩を、鼻息を荒くした少年は力いっぱい蹴り飛ばす。
「お兄様、これ」
「ふぅーふぅー、ああ」
顔を顰めながら起き上がった鈴へ、妹から受け取った鍵を見せ付けた少年はニヤリを笑う。
「いいか、俺達の代わりにお前が蔵の片付けをやっておけ」
「日暮れになったら出してあげるわ。汚い場所に居るのはお似合いじゃない」
少年の後ろから顔を出した少女はクスクス声を出して笑う。
「おい、閉じろ」
「はっ」
蔵の外に待機していた使用人達が少年の命令で扉を押し、軋み音を立てて扉は閉ざされた。
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