2.祀られていた刀

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2.祀られていた刀

 閉じられた扉の向こうからカチャカチャという金属の音が聞こえ、扉の南京錠もかけられて完全に閉じ込められたと覚った。  長らく動いていなかった扉の開閉により、舞い上がった埃を吸い込んでしまい鈴は激しく咳き込む。 「うう、ゲホゲホッ! お尻、痛い」  強か打ち付けた尻と腰を擦り、砂埃でざらつく床に手をついて鈴は立ち上がった。  暗闇の中、手探りで蔵の扉を探り当てるが、外から鍵を掛けられた硬くて重い扉は鈴の力では押しても微動だにしない。  無理矢理押し込んだ従兄弟達と、彼等に従う使用人達に怒りが湧き上がってくる。  怒りの感情のまま、ダンッと扉に拳を叩きつけた。 「いつも偉そうに、自分が高梨家の正当な血筋だって言っているくせに、蔵の片付けも出来ないなんて情けないわ。旦那様達も威張っているのなら、子どもの片付け位見届けなさいよ」  扉に叩きつけた手が痛くて、鈴はその場にしゃがみこむ。 「閉じ込められちゃった。はは、最悪だわ」  悔しさと手と尻の痛みで鈴の瞳に涙の膜が張っていく。  すんっと鼻を鳴らし、涙が零れ落ちる前に手の甲で目元を拭う。  悔しさで涙するよりも蔵から脱出しなければ。我儘な従兄弟達の思い通り、片付けなどしてやるものか。  見張りが側に居ないのなら、蔵から脱出したら高梨家から逃げることも可能かもしれない。  背後を振り返った鈴は周囲を見渡して、ぎくりと体を揺らした。  暗闇の中、何かと視線があったのだ。  外へ出られないか探ると決意したばかりなのに、得体の知れない恐怖で体が震え出す。 (怖い。お母さんっ!)  着物の合わせから手を入れて、母親の形見の首飾りの玉を握り、深呼吸を繰り返す。  玉を握って数回深呼吸を繰り返していると、動悸と恐怖は徐々に落ち着いてきて暗闇にも目が慣れてくる。  明り取りの窓から射し込む陽光によって、少しずつ蔵の内部も見えてきた。 木製の棚に大小様々な大きさの収蔵品が整理して並べられ、一見すると片付ける必要などないように感じた。  やる事と言ったら、積もった埃を払い日光に当てられる物は外に出して虫干しするくらいだろうか。  棚の上に蠟燭が刺さった燭台と行燈を見付けたが、火打石を持っておらず灯りを灯すのは早々に諦めた。  一点一点、収蔵品を確認しながら奥へと進んでいく。  漆主の食器や硝子の花瓶、年代物だと分かる鎖帷子、木彫りの熊や子供用の下駄等、棚に並んでいる収蔵品に一貫性は無く、素人目でも値打ちの無いガラクタもあった。 「え?」  重量のあるゼンマイ式の置時計に触れていた鈴の足が止まる。  蔵の内部は静まり返り、鈴の立てる足音と息遣いしか聞こえなかったのに、何処からかカタンッという音が聞こえたのだ。 (古い蔵だし、虫と鼠がいるのかな。物の怪も怖いけれど、虫はもっと嫌だなぁ。あれ?)  頬に空気の揺れを感じ、振り向いた鈴の長い髪が一束揺れた。 (風? 蔵の奥からかしら? これだけ古い蔵だもの。外と通じている扉が隠されているのかもしれない)  風を感じた場所を目指して奥へ進んでいくと、壁際に置かれた衣紋掛けに掛かった濃い色の、おそらく男性用の着物があった。  妙に存在感がある着物の一部に違和感を覚え、着物を捲って後ろの壁に触れてみる。 「あっ」  手の平全体で壁に触れると、着物と同範囲の壁は明らかに他とは違う軟らかさを感じ取った。 (此処、他の壁と感触が違う。この壁の奥に何かがある!)  衣紋掛けをどかし、両手に力を込めて鈴は壁を押した。 壁を押したつもりだった鈴の両手は、壁など何処にも無かったかのように前へと突き進む。 「うわぁっ」  勢いよく体重をかけたためよろめき、たたらを踏んで止まった。 「もう、なんなのこれ?」  顔を上げて周囲を見渡した鈴はハッと息を飲む。 「此処は、祭壇?」  壁を突き抜けた先は、板張りの床と四方を白壁に囲まれた小部屋だった。  壁には解読不明な文字が書かれた無数の札が貼られ、注連縄まで張り巡らされている。  先ほどまで居た暗い蔵の中から、全く別の場所へ転移したのかと鈴は部屋の中央を見て、眉間に皺を寄せた。 「御札が貼られた刀……怪しいわ」  注連縄に囲まれた中心に置かれているのは、漆黒の刀掛けと鞘全体を覆うように御札が貼られている長刀だった。  いかにもいわくつきだと表現している長刀は、勘の鈍い鈴でも分かる得体の知れない雰囲気を纏っている。 「もしかして、この刀の手入れをするように旦那様は坊ちゃん達に言ったのかしら」  この、いわくつきだと分かる刀には近付いてはならないと、鈴の本能が頭の中で警笛を鳴らす。全身に鳥肌が立ち、恐怖で足が竦んだ。  こんな怖い刀の手入れなどしたくは無い。とはいえ、夕方までに蔵の片付けをしなければ我儘な従兄弟達と伯父に食事抜きか折檻されるだろう。  得体の知れない刀と伯父一家による折檻、どちらが怖いかなど考えなくとも答えは出ている。  意を決した鈴は注連縄をくぐり抜け、震える指先で刀掛けに掛けられた刀の鞘へ触れた。 (鞘の御札が破れかけている。しばらく手入れされてなかったのね。この刀の埃を払ってあげればいいのかな。あれ、鞘にヒビが入っている) 「痛っ!」  鍔に触れた人差し指に鋭い痛みが走り、痛みに驚いて鈴は触れていた手を引っこめた。  指先には刃物で切ったような深い傷が付いており、傷口から溢れ出た鮮血がポタリと刀の上へ滴り落ちた。 「血が、どうしよう。ええっ?」  指先から滴り落ちた血は、刀の鎺(はばたき)を伝い鞘の中、刃へ吸い込まれていく。 ぶわっ!  大きく目を見開いた鈴が後退しようとした瞬間、刀全体から赤黒い霧が吹きだして辺りを覆った。
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