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3.あやかし
“紅蓮刀”
言動は物騒で、被り物だろう銀髪と派手な羽織と目の下の紅がかぶいた印象を与えるとはいえ、数多の女性を虜にする整った顔立ちの男は人のなりをしていて、決して刀ではない。
何度も目を瞬かせて、鈴は男性を見上げる。
「れいぞくとか刀とか、あの、大丈夫ですか?」
この男は伯父によって、事情があり蔵の奥座敷に閉じ込められていたのかもしれない。
かぶいた外見はさておき、主に彼の思考がまともか心配になった。
「お前こそ大丈夫か小娘。さて、お前は俺のことを知らぬと言ったな。此処へ来れるのは、俺に血を与えられるのは高梨の当主だけだ。役目を知らぬのに何故此処へ来た? 章政は何をしている?」
「え、血? 自分の意思で此処に来たわけではないわ。無理矢理連れて来られたというか、閉じ込められたというか。お祖父さん、大旦那様はご病気で療養中らしいです」
目を伏せる鈴を見下ろし、男はフンッと鼻を鳴らした。
「ここ数年、章政が役目を果たさぬと思っていたら、愚かな者がしゃしゃり出て来たわけか。して小娘、お前の名はなんという?」
「鈴、です」
名を名乗ってはいけないと本能が告げているのに、顔を覗き込む男の深紅色の瞳と視線が合った途端、鈴の口が勝手に動きだして名乗っていた。
「では鈴、行くぞ」
名を呼ばれて驚く鈴の肩に軽く触れ、男は千切れて床に散らばる注連縄を草履で踏み、小部屋の出入り口へ向かって歩き出した。
「待って、行くって何処へですか?」
「此処から出る。隷属の鎖を掛けられ章政が動けぬ以上、此処に祀られている必要も無い。#幸魂__さきみたま__#に呪を込めた者の鎖により、俺はお前の側に居なければならぬ。共に来い」
駄目だと、怪しすぎる相手だと頭では分かっていても彼の言葉に逆らえず、鈴は差し伸べられた手を取ってしまった。
手を取ると、軽い眩暈に襲われ目を瞬かせた鈴は次の瞬間、ハッと息を飲む。
瞬く間に、刀が祀られていた小部屋から棚の上に収蔵品が並ぶ蔵の中へ、どういう仕組みなのか戻っていたのだ。
鈴の手を握っている男が一歩踏み出した時、棚の上の収蔵品から次々に淡い光が放たれていき、暗かった蔵内部が明るくなる。
「どうなっているの?」
蝋燭の光ともガス灯の光とも違う、#白緑__びゃくろう__#色と#藍白__あいじろ__#色の光。
例えるのならば、蛍の放つ光の色に近かった。
「この蔵に居る者達が俺の氣にあてられて出て来ただけだ。長い年月を経た物には魂が宿る。こ奴らは年月を経て妖となった者達だ。鈴を害することはしない。鈴を怯えさせないよう気を配り、俺の場所に導いたのもこ奴等だ」
「そうなんだ」
もしかしたら、真っ暗で怯えていた時に少しだけ周囲が明るくなったのも、物音も奥の衣紋掛けの前まで導いた風も、妖とやらの力だったのか。
先ほどの赤黒い霧に比べたら、収蔵品から発せられている光に恐怖心は湧きおこってこない。
「さて、行くぞ」
扉へ向かって一直線に歩く男に手を引かれ、呆けていた鈴は慌てて歩き出す。
「あ、刀さん。扉は外から鍵をかけられていて、開けられな」
ギィィイー
外から鍵が掛けられていたはずの扉は、男が触れると軋み音を立てて簡単に開いていく。
「……開いた」
唖然とする鈴の呟きは扉の開閉音によって掻き消される。
「何だ? 鍵が勝手に、うわぁ!」
「ひぃい!」
「なんだお前、うぎゃっ」
「お、お兄様、はぅ」
蔵の外に居た従兄弟達と使用人が驚きの声を上げた。
従兄弟達と使用人達は、四肢に絡まりつく赤黒い霧によって自由を奪われ、勝手に鍵が開いた蔵の扉から出て来た鈴の姿に目を白黒させていた。
「この者達が鈴を閉じ込めたのか?」
「うん。でも、こっちの人達は二人に命じられただけだよ」
鈴が指差した従兄弟達を一瞥して、男はフンッと鼻を鳴らす。
「同じ高梨の血でも鈴とは違う、随分と淀んでいるな。ふん、まあいい」
ざわざわと霧が蠢き、拘束している従兄弟達と使用人達の全身を包み込んだ。
体を覆いつくす霧によって声すら発せられず、彼等は無数の光が飛び交う蔵の中へと放り込まれた。
「蔵の中に居る者達が仕置きをするだろう」
キィィイー、バタンッ!
男が言い終わると同時に、蔵の扉は音を立てて閉まった。
無言のまま男に手を引かれて歩いていた鈴は、木々の間から離れの建物が見えて来てようやく、外へ出られたのだ実感が湧いてきた。
「刀さん」
「何だ、お前を閉じ込めた奴等を助けろとでも言いたいのか?」
振り向いた男からの問いに、鈴は首を横に振る。
「いいえ、使用人も一緒ならあの二人は大丈夫でしょう。ざまあみろってすっとしました。ありがとうございます」
緊張で表情を強張らせていた鈴から、感謝の感情と少々引き攣っている微笑みを向けられ、男は僅かに目を開いた。
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