壺の中には

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早朝の公園。 俺は手に壺を持ち、ベンチに座って公園の中にある池を眺めていた。 散歩や犬を連れた人が通りかかって行く。俺みたいな若い男が朝っぱらから何しているのかと、怪訝そうに見ていく年寄りもいる。  この池は一か月ほど前までヘドロだらけの汚い池だったのだが、池の水を抜いてきれいにするというテレビ番組に公園の管理者が応募し、番組でボランティアを募って掃除をして今ではすっかりきれいになっている。  俺が手に持っている壺はその時池の底から出てきた物だ、管理者がボランティアに参加していた俺にくれた。まあ、どう見ても値打ちのなさそうな小汚い壺だからな。  俺は番組のスタッフに掛け合い、同じテレビ局のお宝鑑定番組に池の底から出てきた壺と言う事で鑑定してもらう事にした。  それが昨日の事だ。 壺はなんの値打ちも無かった。俺は腕を振りかぶると壺を池に投げ入れようとした。 その時、どうやっても外れなかった壺の蓋が外れ、中から大量の白い煙が沸き上がった。 煙りを吸ってせき込み、壺を落としそうになったが、何とかこらえて地面に置く。 「我は大魔王なり」  煙越しに声が聞こえ、人影が見える。 煙が薄れ、声の主の姿がはっきりしてきた。  よぼよぼの年寄りだ。髪は一本もなく、真っ白なあごひげが長く伸び、顔はしわと染みだらけ。腰は曲がり、汚い着物を着て足元は草履だ。杖にすがってようやく立っている。  よく分からないが、とりあえず関わり合いにならない方がよさそうだ。 壺を手にその場を離れようとした俺に向かって「壺から出してくれたのはお前か」と自称大魔王が聞いてきた。 「はい、そうです」  大魔王の声には逆らえない雰囲気が有り、思わず立ち止まって答えてしまった。 「出してくれた礼をしよう、一つ願いを言え」  どうする、逃げるか。年寄りだ、走って逃げれば追いつかれないだろう。いや、駄目で元々、願いを言おう、どうせここには…… 「金が欲しい、五千万円欲しいんだ」 「ふむ」  大魔王は顔をしかめ、懐から金貨を一枚取り出して俺の足元に投げた。俺は金貨を拾い上げ本物かどうか確かめる。手触りや重さは本物、一枚十万円くらいになる外国の金貨だ。 「礼としてはそんな物かな、とてもお前の言った金額には足りんが。これ以上欲しいなら取引をしよう」 「どんな」 「お前の体をよこせ、わしの魂とお前の魂を入れ替える」  よぼよぼのじじいになるのはいやだなあ。 「じじいになるのが嫌なら、わしの若い時の姿と入れ替わる事も可能じゃぞ、ただし」  来たよ、条件。 「ただし壺の中に入って池に沈められるのが条件じゃ、池から引き揚げられば、そこで復活できる。年月は普通に経つからな、出られた時にはわしよりもじじいになっている可能性もあるなあ」  大魔王はそう言って笑った。壺の中でそのまま死ぬこともあるってことだな 「壺の中では息も出来るし、腹も減らん、のども乾かんしトイレも行きたくない、ひたすらうとうとと寝ていればいい、ただ時間が経つだけじゃ。どうする、このままのわしと入れ替わるか、若いわしと入れ替わって壺に入り、引き上げられるのを待つか」  大魔王め、俺がここから走って逃げるっていう選択肢をわざと外したな。まあいい。 「分かった、若返って壺に入ろう」 「ふむ、良い選択だな、引き上げられるかどうかは賭けだがなあ」 「俺の体と入れ替わってどうするんだ」 「最後の魔力を入れ替わるのに使うからな、後は普通の若い男として暮らすさ、これだけ若いんだ、何だって出来る。じゃあ」  大魔王は俺に向かって口から白い煙を吐きかけた、俺の体はみるみる煙に包まれていく。 「ちょっと待て、金はどうなる」 「壺の中に一緒に入れてやるさ、ちょっと足りないがな、もう魔力が無いんだ、勘弁しろ」  大魔王の声が遠くに聞こえる、気が付いたら真っ暗で狭い場所にいた。どうやら壺の中らしい。上を見上げると俺の顔が覗いている。 「じゃあな、足元に金貨があるから」  大魔王は俺の声でそう言うと蓋をした、どうやら本当に池に沈められるみたいだ。  水音がして外の気配が変わった、音が聞こえない、水中だな。  足元を探る、金貨が二十枚あった、なにがちょっと足りないだ、五千万には程遠いよ。  あの壺の中にいるってことは今の体は小さくなっているんだな。  壺の底に寝そべった、睡魔が襲ってくる  俺の体を得た元魔王はどうなるんだろう。 魔力の無い、ただの若い男。  俺はあの時、池で入水自殺をしようとしていた。信用していた友人の連帯保証人になったら、そいつが五千万の借金を残して消えたのだ。ボランティアで池をさらったのも、もしかして何か値打ち物が出てこないかと思ったから。この壺が願いをかなえてくれるかと思ったが駄目だった。  今日が返済期限だ、やばい所から借りていて怖い人がアパートの回りをうろついている。  何も知らずに元魔王は俺の部屋に帰るんだろうな。ポケットに免許証が入っているから住所はそれを見ればわかるしな。  そういえば、何故大魔王は壺に閉じ込められたんだろう、都合よく蓋が開いたのも謎だ。  まあいい、もう今の俺には関係ない事だ。 俺は管理者がこれから毎年池の清掃をすると決定したのを知っていた。一年後金貨を持って外に出るのを夢見ながら眠りにつく。  
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