たくさんの出会い

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たくさんの出会い

由依の退院翌日。 朝6時半、裕太と翔は少し不機嫌だった。 「朝ご飯…、翔くんと作る約束してたのにさぁ…」 と、裕太。 横では、少し心配そうに動き回る由依の姿を眺めている翔がいた。 由依は、 「だって、ホントにもう大丈夫なんだもん!」 と言って、洗濯機を回しに洗面所へと向かった。 翔は、そんな由依を追いかけ、 「とりあえず、夜は何もしないでよ。裕太も張り切ってるからさ」 と、動き回る由依に釘を差した。 そんな翔の顔を見て、仕方ない…という顔をして、 「わかりました…」 と由依は答えた。 それから数日後、心配そうな裕太と翔に笑顔を見せて、由依は仕事へと向かった。 その日の夕方…。 翔が定時で帰るために、仕事を終わらせようとしている中、 「受付にお客様です」 と、呼び出された。 来客の予定が無かった翔は、首を傾げながら受付に向かうと、ランドセルを背負った裕太が、下を向き立ち尽くしていた。 「ん?…裕太か??」 そう呟いたのが聞こえたのか、裕太は翔に向かって走ってきて、抱きついた。 そして、小さい声で、 「一人でいるの…、怖いの。 母ちゃんには、言えない…」 と呟いた。 母親が倒れたことがやはり堪えているのか…、小さい体で心細さと戦う裕太を、翔は守りたいと思った。そう思うと同時に、 「大丈夫だ! お前はひとりじゃない。俺が居るだろ?」 と、裕太に告げ、翔は強く抱きしめた。 そして、少し落ち着いた裕太を見てしゃがみ込み、裕太を見上げて、 「まだ仕事があるんだ。 …俺と来るか?」 と翔が告げると、裕太は黙って頷いた。 そして二人は手を繋ぎ、翔の所属部署へと歩いていった。 少し離れた所から、その様子を見ていた翔の会社の人達が、 「北川主任って…結婚してたの!? 冷静沈着人嫌いのロボット主任って言ってたの、誰よ〜?」 と、噂話に花が咲いていた。 そして、翔の所属部署でもざわついていた。 「主任…、独身だよね?」 「あの子…、誰?」 …と。 そんな周りの視線を気にする事なく、田辺部長の所へ来た、翔と裕太。 田辺部長も、何だ?と不思議そうな顔で、机の前に立つ二人を椅子に座って見ていた。 翔は、田辺部長を真っ直ぐに見つめて、 「大切な人の子供です。 定時までの時間、俺のそばに居させても良いですか?」 と聞いた。 田辺部長は、少し困った顔をしながら、 「君、会社だよ? すごいこと頼むねぇ…。 ん〜、あっ、そういえば、前に託児がなくて、空いてる会議室使う人居たから…」 とブツブツ独り言のように語りだし、いくつかの会議室を見回して、一つの会議室を指さした。 「あの会議室なら、窓越しに北川の姿が見えるんじゃないか?」 と、提案した。 翔は、その言葉を聞き、裕太と目線を合わせようとしゃがみ込み、 「あの会議室で待てるか? 俺が見えるからさ」 と会議室を指差し、裕太に問いかけた。 裕太は、指差された会議室を見つめて頷いた。 その頭を少し強めに翔は撫でた。 北川翔という男の、普段の姿とは全く違う一面に、同じ部署の人達も、違う部署の人達も、興味津々で二人の事を見ていた。 ただ、翔は、裕太が居ることを忘れているかのように仕事に集中し、周りのざわめきも気にしていなかった。 そして裕太は… 会議室の窓越しに、翔の働く姿を目に焼き付けるかのように、立ったまま無言で見つめていた。 静かに待つという事は、当たり前の事なのかもしれない。 でも、翔を見るその裕太の眼差しには、翔への愛が溢れていて、噂話を聞きつけ見に来た人達も、同じ部署の人達も、その裕太の眼差しに温かい気持ちになっていた。 定時の時刻になり、翔と裕太は手を繋いで帰って行った。 その姿を、社内ですれ違う皆が、笑顔で見送っていた。
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