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クリスマスの不穏
翔は、301号室のチャイムを鳴らした。
玄関ドアが開き、由依が顔を見せた。
少し暗い顔をしている。
不思議に思いながら、由依の後ろに来るはずの裕太を待つ。
言いづらそうに由依が、
「ごめんなさい。…裕太、今家にいないの。」
と、翔に伝える。
翔は、
「あっ、そうなんだ! もう戻ってくるよね?」
と、エレベーターの方に目をやる。
その様子をみて、また言いづらそうに、
「夕方、急におばあちゃんの家に泊まるって言って…。駅で約束したみたいで、母に連れられて行ってしまったの。」
と、翔に告げた。
それを聞いて、思わずしゃがみ込み項垂れる翔。
「えっ? なんで? 俺、アイツに何かしちゃったのか?」
と、由依に聞こえないくらい小さな声で独り言のように呟いた。
その姿を見て、由依も申し訳無さそうに、
「ホントにごめんなさい。 何でか私も分からなくて…。」
と言葉にして、黙り込んでしまった。
二人の沈黙がしばらく流れた後、エレベーターの音が鳴った。
裕太かと思い、二人はエレベーターの前に目をやった。
そこにいたのは…、由依の元夫裕二だった。
由依は、その姿を見て、
「えっ?…なんで…」
と呟き、後退りした。
その様子を見て、翔は、由依の前に立ち、
「あんた、誰?」
と、睨みながら問いかけた。
そんな翔と由依を交互に見て、裕二は鼻で笑いながら、
「裕太がいないのをいいことに、母親は男とデートか! 裕太は、俺が育てた方がいいかもな!!」
と言い捨て、エレベーターで降りていった。
由依はその場にしゃがみ込んで立てなくなってしまった。
なぜ、あの人が? なぜ、ここを?
そんな言葉が、頭の中で繰り返された。
翔は考えた。
そして、由依に伝えた。
「もしかしたら…、裕太、父親に会ったんじゃないか? 裕太がここに居ないと知ってたみたいだし…」
と。
それを聞いて、由依はさらに混乱してしまい、泣き出しそうになっていた。
そんな由依の腕を掴み立ち上がらせ、
「とにかく、裕太に会おう!」
と言いながら、由依の背中を押してエレベーターに乗り、由依の実家へと向かった。
その頃裕太は、祖父母の家で、窓の外を眺めていた。
祖母のミチが優しく裕太に話しかける。
「ねぇ、裕太…。 何かあったの? プレゼントもケーキもいらないから、今日泊めて欲しいだなんて…」
そんなミチの問いかけに、窓の外から目を逸らさずに、
「明日、明日になったら話すよ」
とだけ裕太は答えた。
黙って外の景色を見ている裕太。
「翔くんとの約束…破っちゃった…。僕の事怒ってるかな…。 でも、僕が我慢すれば、みんな幸せになるのかな…。 今日が早く終わらないかな…。母ちゃんと翔くんに会いたいな…」
言葉に出来ないそんな思いを抱えた裕太は、ずっと外を眺めていた。
実家のチャイムが鳴った。
由依から、『そっちへ向かうから、どこにも行かないで』と言われていたミチは、由依が来たかと思い、誰か確認もせず、玄関ドアを開けた。
目の前に立っていたのは…、由依の元夫の裕二だった。
ミチは驚き、由依を悲しませていた男の出現に、怒りを隠しきれない声で、
「何しに来たの!!!」
と怒鳴った。
その声を聞きつけ、裕太と祖父春夫が玄関へ走ってきた。
祖父も怒りの顔を見せているのにもかかわらず、それを気にもとめない裕二。
そして、裕太を見ながら、
「裕太〜! 母ちゃんが男と楽しんでたぞ! お前、俺のとこ来いよ!!」
と、笑いかけた。
その言葉の内容に、祖父母は怪訝な顔をして、裕太を見つめた。
裕太は、感情を表さない顔でじっと男の顔を見つめていた。
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