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会わない土曜日
夏休みが終わり、マンション暮らしも落ち着いてきたため、由依は裕太が寝たあとに内職をし始めた。
自分が若いうちに、出来るだけ蓄えないと…と、日々由依は思っていた。
そんなとき、事は起こった…。
金曜日の定時時刻1時間前…。
深夜まで仕事をするつもりの翔は、時計を気にせず書類と睨み合っていた。
携帯が鳴り、見ると『裕太』の文字が…。
不審に思い、仕事中なのに思わず出てしまうと、受話器の向こうで泣きわめく声が、漏れ出て響いた。
驚いた翔は、
「裕太?裕太? どうした?」
と、普段は冷静な顔しか見せない男が、焦った顔で、周りの視線を気にすることなく、電話の向こうへ問いかけた。
「母ちゃんが… 起こしても起きないの… やだぁ!!!」
と言ったように聞こえた翔は、携帯をそのままに、会社の電話で救急車を手配した。
「裕太! 大丈夫だ! 俺が行く! 電話もこのまま切るなよ! 救急隊員の人が来るまで、このまま電話で話すから。」
と裕太に声をかけた。
そして、一部始終を見ていた隣の席の後輩の加藤に、
「悪い! 帰る! 後頼む!」
とだけ伝えると、携帯で裕太に話しかけながら、帰っていった。
翔の会社からマンションまで、歩いて2分。
近さで選んだこのマンションがありがたかった。
裕太の所へ早く行けるから。
301号室には、すでに救急隊員が来ていて、部屋の中には、横たわる由依のそばで正座して静かに涙を流す裕太の姿があった。
「裕太!」
叫ぶように名前を呼ぶ翔を見つけ、安心したのか、大きな声で泣きながら裕太は翔に抱きついた。
裕太を抱きしめて、
「大丈夫! もう大丈夫だ!」
と翔は言いながら、裕太の頭を撫でた。
その姿を見た救急隊員に、
「お父さんですか?」
と聞かれ、翔は少し考えて、
「違いますが、身内に近い者です」
と答え、救急車に裕太と共に乗り、病院へと向かった。
病院での検査待ちの間に、裕太の携帯から番号を調べて連絡した、由依の両親で、裕太の祖父春夫と祖母ミチが駆けつけた。
二人を見つけると、裕太は飛びついた。
「裕太…、怖かったねぇ。 頑張ったねぇ」
と、優しく抱き寄せる祖母のミチ。
その横で、祖父春夫は、翔の姿を見て頭を下げた。
翔も慌てて頭を下げた。
そして春夫の方から近づき、
「裕太や由依から話は聞いてます。 いつもありがとうございます」
と翔へお礼を述べた。
検査結果は、過労と倒れたときの脳震盪。
脳に異常は無かったが、様子を見るため入院をすることになり、裕太は祖父母と共に祖父母の家へと帰ることになった。
退院は、月曜日。
裕太に会わない土曜日。
翔は、消えたままのテレビを見ながら考えていた。
今までなら、仕事をしている日。
会社に行けばいいのに、行く気にならない。
裕太に会わないのなら、出来る仕事がたくさんあるのに、手につかない…。
玄関の外に出る。
反対側の301号室のドアを見つめる。
静まり返ったホールで、今まで感じたことの無い寂しさが溢れた。
裕太に会いたい。
由依さんに会いたい…。
その感情の答えは出なかったが、ただただ二人が自分にとって大切な人だと気付いた。
そして…、月曜日を迎えた。
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