3.誰も知らない、私以外は

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「うっ……」 急に吐き気が襲いかかってきた。 「刀馬くん、トイレ……貸して……」 私は刀馬くんが 返事をする前に すでに場所を知っていた トイレに駆け込んだ。 「うっ……」 彼の家のトイレは うちのトイレよりずっと 上品な匂いがする。 でもその匂いですら 私の吐き気を促進する。 「羽奏!どうしたの!?」 「こない……で……ううっ……」 私は、自分が吐いている姿と 汚物を彼に見られることに 耐えられなく 彼を拒絶しようとした。 でも、私の手は ゆらゆらと 空中で遊ぶだけ。 彼は私の背後にまわり 背中をさすってくれた。 それから、申し訳なさそうに 「具合……悪かった?」 と聞いてきた。 彼は、体調が悪い私を 無理やり押し倒したことを 後悔しているのだろうか。 私は、なんだかおかしくなって 息だけで笑って、また吐いた。 私たちはもっと前…… 出会いから後悔しないと いけないというのに。 彼はきっとそんなこと 微塵も思っていないのだろう。 「げほっ……」 咳き込みながら 身体中に入っていた 食べ物や飲み物を 全部出し切ったところで ようやく私の吐き気は 落ち着いた。 「大丈夫?羽奏」 私は声を出す元気がなく 頷くだけしかできない。 「水……飲む?」 今は正直 何かを口にするのも 辛かったので 首を振る。 「じゃあ……」 と次の提案を 彼がしようとした時だった。 「羽奏ちゃん、もしかして妊娠してるの?」 ついこの間知ったばかりの 彼の、優しい母親の 戸惑いの声が 上から降ってきた。
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