それは私だけのもの

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「なーにをドヤ顔で語ってんだお前は」  気付けばいつの間にか黒須が部屋を覗いていた。 「げえっ、パパ!」 「げえっじゃねえよ。有夢、しばらく店を頼む」 「了解しました」  ぺこりと無言で会釈をして店へ戻った有夢と入れ替わりに黒須が向かいへ座る。 「ま、あいつにそういう情緒的なとこを教えてやんのは俺よりお前のほうが向いてそうだがな」 「ちょっとお、教育係やらせるならお金取るわよ?」  不満げに言いながら次の缶チューハイをあける悠希。黒須は煙草に火をつけて紫煙を吐き、一枚の茶封筒をテーブルに差し出す。 「当然相応のもんは払うさ。……これは、お前が追うあの男の情報だ」  悠希が別人のように目を見開く。  仇の男を追うことは、彼女の生きる目的と言っても過言ではない。黒須は茶封筒から手を離さずに続けた。 「本音を言えばこれをお前に教えるつもりはなかった。こいつは放っておいても近い将来に自滅してお前の手を煩わせるまでもなくいなくなるからだ」  その言葉に噛み付くような視線を向ける悠希。まさか仮にも父と呼ぶ男が事情を知りながら自分への情報提供を渋っていたなど。 「だが、お前はここを見つけて辿り着いちまった。だったら、これも運命なのかもな」  煙草を深く吸い込み、大きく吐き出す。  室内に立ち込める紫煙がここは男の支配圏だと示している。 「敢えてその手でケジメをつけたいなら、この封筒を受け取ってもいい。……ただし」  男の目は娘や姪を愛でるものではなく、裏社会で取引を行う相手に向けるそれだ。 「俺の姪って役割(カバー)を割り当てられたあいつの面倒を見るのがお前の払う代金だ。他の支払い方法は受け付けねえ」 「……それってちょっと高過ぎるんじゃない?」  娘を役割(カバー)とする女が不満げに抗議するが、男にそれを受け入れるつもりは毛頭ない。 「嫌なら今すぐ帰れ。この封筒は焼き捨てる。本来こいつにわざわざ手を下す必要はねえ。俺にとっちゃまったくの無駄だからな」  男は、憎悪にも似た殺気を放ち始めた女へ、それを覆い尽くすほど冷酷な視線で答える。 「それともなんだ、この“審判(ジャッジメント)”から力づくで奪い取るだけの覚悟と準備があるのか? なあ“無敵の酔っ払い(アダマスドランカー)”よ。俺は構わねえんだぜ? お前がその気なら……」  仮にも父である、そしてかつての上司でもある男に敢えて符丁(コード)で呼ばれ、本気で殺気立っていた彼女も我に返らずにはいられなかった。 「……わかった。コトが済んだらあたしがいとこちゃん、“悪魔(デビル)”の面倒を見る。その条件を飲むわ」 「いいだろう。受け取れ」  その言葉を聞いて黒須は大きく溜息のように紫煙を吐き、ソファに大きく身体を預ける。 「なあ、これは取引とは関係ねえほんと私的な話なんだがよお」 「なによ」  黒須が平常運行へ移行したのを見届けたあと、恐る恐る封筒に手を伸ばしながら視線を向ける。   「復讐ってのは、そこまでしてやらなきゃならねえもんなのか?」  女はしばし考えて答える。 「パパってさ、あたしの本当のパパを殺し損ねたけど、本当は自分の手で殺したかったのよね?」  彼女も承知している通り、悠希の父は黒須の仇敵だった。しかし今はもうこの世にはない。  それは黒須の手によるものではなくほんの些細な、不慮の事故が原因だ。 「そうだな」  彼の重々しい回答に、彼女は満面の笑みで続ける。 「だったら、あたしがこの復讐をせずにはいられないの、わかるでしょ? あたしの復讐はあたしにしかできないんだから。まだなんか質問ある?」  男はきょとんとした顔のあと、恐らくはその人生で一番苦々しい笑みを浮かべた。 「いや、ねえよ」
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