永遠の光

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1.  「宮崎さん、この書類。週末までに統計とっといてくれる?」  (でた、でた。いつもの無茶振りだ) それでも私は、あまり感情を表に出さずに、線の細い男性上司、本田係長に振り返った。  「ええ。わかりました」  「いつも悪いね」 全く感情のこもっていないその言葉に対しても、決して苛立(いらだ)ってはいけない。  「いえ、そんな」  「じゃ、よろしくね」  「あ、はい。わかりました」 そしておとなしく頷(うなず)き、決して表情に出さず自分の席に戻る。すると、  「ねね、宮崎さん。本田係長、いっっつも!!宮崎さんに仕事投げて、楽(らく)しているわよね!」 隣の席で、同期入社の鈴木が思いきい感情を込めて同情の言葉をかけてきた。  「あなたはいいわねぇ、いつも率直になれて」 ため息混じりで、彼女を一瞥(いちべつ)して、私は苦笑した。  「宮崎さんも、もっと、こぉー『おりゃー!』っていう感じを前面に出せばいいのよ!私みたいに!」  「いつも楽しいそうね」 なんだか彼女が隣の席にいると、辛いことも馬鹿馬鹿しく思えてくる。そういう意味では、本当にありがたい同期だ。  「だって、この量、見てみなさいよ、あなた」 鈴木が言った。  「うん。今回の統計はちょっと大変かも」  「『ちょっと』って言ったってあなた、この資料……ざっと二十枚はあるじゃない!?」  「うん。ざっと三十枚はありそう」  「私、手伝おうか?」  「ううん、大丈夫。鈴木さんだって抱えている仕事あるんだし、気にしないで」  「だって本田係長、週末までに、って言っていたけど、今日、木曜日じゃない」 眉をひそめた鈴木が言った。彼女の言うように、表情にもっと感情が表れれば今回のような無理難題な仕事を押し付けられることもないのだろうと思う。でも、  「木曜日の……それも、もう夕方よね」 それでもはやっぱり私は、硬派にはなれないのだ。だから無理に微笑むしかないのだ。  (はぁ〜、疲れるぅ)  「私、やっぱり手伝う!!ほら、まずは五枚ほど、資料いただくわよ」  「いいって、鈴木さん」  「なぁーんで?」  「手伝ったのが本田さんに知れたら、今度は鈴木さんにまで仕事が飛んでいくようになるわよ?」   「何言っての!同期の好(よし)みじゃない」 鈴木が笑った。  「今回の仕事は私が受け持つから大丈夫、へーき!」 すると私を覗(のぞ)き込むようにして聞いてきた鈴木が  「……本当?」 と言うので  「うん。平気、平気」 そう言って  「ありがと」 彼女に愛想よく頭を下げた。それでも鈴木は困ったような少し表情を浮かべていたけれど、最後は結局、折れてくれた。私はオフィスの窓際に座る本田係長を一瞥(いちべつ)する。その男は呑気(のんき)に背伸びしていた。視線を戻し、資料を見つめる。 そして内心で、ため息。それでも、口を結んで、笑ってみる。  (よっし!) やるしかない思いに、覚悟を決めた! 電子音。 目を覚ます。 時計を見る。 午前六時。 背伸び。 カーテンを開ける。 溢れる朝日。 しかめる瞳。 起き上がり、そのまま洗面所。 洗顔。 歯磨き。 お手洗いにも行く。 そして、ため息。 朝食の準備。 ため息。 出勤の準備。 玄関の扉。 金属音。 施錠。  (はぁ……) 駅の改札口を通過。 視線を上げる。 電光掲示板。 午前七時半。 階段を上がる。 体が少し重い。 疲労を認識。 ホームに着く。 電車が到着。 乗車。 車内は満員。 いつものこと。 内心で、ため息、でも表情は穏やかなまま。それをいつも心がけている。 読みかけの小説。大して続きの気にならない物語。正直言って、あまり面白くない。ハズレを購読してしまった。しょうがない、読み進める。もしかしたらこの先で面白くなってくるかもしれない。 淡い期待。 降車駅に到着。気持ちを切り替える。 嫌だと思っても仕方がない。 嫌だと思うのも仕事のうち。 それが我慢料となり、給料となって返ってくる。 しかし手取りは少ない。 これもまた事実。 改札口を通過。   (はぁ……)  「昨日、何時まで残業したの?」 出勤直後、鈴木が聞いてきた。  「終電まで」  「え?」  「深夜まで」  「ほらぁ〜。だから昨日、手伝う、って言ったのにぃ〜」  「でもその甲斐あって半分以上、片付いた」  「うそ?」  「うん」 笑顔で頷(うなず)いた。  「じゃあ残りの仕事は今日の勤務時間内に終わるんじゃない?」  「終わるよ」  「すっご……」  「でしょ」  「宮崎さんの得意げなその顔、可愛いよね」  「でしょ?」  「お見それいたしました」  「ふふふ」 私は広告代理店に勤務している。これでも奇跡的に大手企業。そこで今は総務を担当している。高校を卒業するとともに入社し、今年で三年目。比較的、愛想のいい人柄だと、自覚している。だから自分なりにそれを武器にしている。  「宮崎さんって確か、中野の社宅だよね?」 仕事の準備をしながら鈴木が聞いてきた。  「ん?うん。中野駅の目の前に住んでるよ。団地」  「社宅だから職場から近いね」  「う〜ん、通勤時間は二十分ってところね」  「いいなぁ〜。私、社宅の住居権のくじに落選して、町田だから一時間はかかるのよ」  「町田って言っても小田急線でしょ?乗り換えなしで新宿まで来られるじゃない」  「そうだけど、自宅から駅まではバスを利用しないとだから」  「バスの乗車時間は?」  「二十分」  「ちょっと長いね」  「うん」 頷(うなず)いた鈴木は私のことをじっと見つめた。そのまま何も言わずに、見つめ続けるのだ。だから  「……ん、何?引っ越しでも考えてるの?」 と聞いてみた。  「ピンポン」  「え……なんでそんな真顔なよ」  「うっそーん!」 そして彼女が笑顔になった。  「え、嘘なの?」  「ん?」  「引っ越すこと」  「ううん。嘘じゃないよ」  「どこの辺りを住居にしようと思っているの?」  「職場から近い場所」  「ふ〜ん」  「明日、宮崎さん予定空いてる?」  「え?」  「暇?」  「う、うん。特に予定はないけど……」  「私の住居探し、手伝ってくれたりする?」  「え?」  「お食事、おごるから!お願い!」  「別にいいけど、一人でゆっくり決めればいいじゃない?」  「気楽に不動産屋を巡るだけよ。別に明日、即決するわけじゃないし。……いいでしょう?」  「ふ〜ん。ま、いいけど」  「久しぶりのデートね」  「ん?」  「ん、じゃないでしょ。休日、一緒に過ごすの久しぶりじゃない」  「え、ついこの前、一緒に映画、見に行ったじゃない」  「それ、半年も前の話よ」  「半年前って、最近じゃない?」  「え?」  「ん?」 素っ頓狂(すっとんきょう)な顔を彼女と向かい合わせた。すると始業のチャイムが鳴り響いたのだ。  「ごめぇ〜ん、待った?」 駆け寄ってきた鈴木が申し訳なさそうにして両手を合わせた。  「待ったよ」 天候は晴れた。時刻は午前十時二十分、新宿駅。待ち合わせ場所は京王デパート前だった。  「ごめーん」  「でも待ったのは、たったの三分」  「うそ!?」  「実はJR、遅延してたの」  「へぇ!そうだったんだ!でも私はただの寝坊!」  「素直でよろしい!」  「えへへ」 鈴木が可愛らしく笑った。  「てへへ」 だから、私もそれに倣(なら)た。 それにしても眩しい日差しは気持ちを高揚させる。もしかしすると、日差しには気分を向上させるそうな成分が含まっているのかもしれない。土曜の新宿は相変わらずの賑わいで、すれ違う人々はほとんどが若者だった。周りには黄色い声を上げながら、楽しげにはしゃぐのは十代の女子たち。なんでそんな興奮しているのかわからないけど、人の笑顔は素直に微笑ましいと思える。きっとそう思える精神はきっと正常なのだろう。むしろ、笑顔を見て腹立たしく思うなら、それは異常なのだろう。  「宮崎さんの住んでいる社宅って家賃いくらなの?」  「四万五千円よ?」  「もちろん風呂、トイレ付きでしょ?」  「うん。でもお風呂はシャワーがないの」  「じゃあ毎日、浴槽にお風呂を溜めているの?」  「ううん。浴槽の蛇口にホースを付けて、それをシャワー代わりにしてる」  「原始的なやり方ね」  「ナイスアイデアでしょ?」  「ううん。原始的なやり方!」  「ナイスアイデア」  「ううん、原始的なやり、」  「あっ!不動産屋みっけ!」  「え、どこっ?」  「うそ!」  「もぉ」 結局、午前中に三軒の不動産会社を回った。職場の新宿駅近辺の物件はどこも家賃が高く、給料に見合っていなかった。家賃は給料の三分の一程度が常識的らしい。しかし午前中に見た物件は悠(ゆう)に上回っていた。だから、私はため息混じりの鈴木をなだめた。現実はそう上手くいかない。一旦、昼食を取るため、喫茶店に入店した。意気消沈の鈴木を癒すのは、空腹を満たす昼食だろうと考えたのだ。  「宮崎さんって、もしも社宅に住めなかったら、どこに住もうと思ってた?」 食後のアイスコーヒーのグラスに口を付けた鈴木が聞いてきた。  「うん、実は社宅に落選した時のため候補はあったの。吉祥寺だけどね。人の紹介で、ちょうど空き家になりそうな住居があってさ。知り合いの、知り合いの方が、その部屋を抜けるって言うんで、もしも社宅に落選したら、そこに住もうと思ってた」  「知り合いの知り合いって他人じゃない」  「それを言ったら、知り合いだって、他人じゃない」  「確かに……でも、知らない人が住んでいたところに住むのって、なんだか最初は落ち着かないよね」  「んん〜、そうかなぁ。私はあんまり気にならないけど。鈴木さんって意外とそういうところ繊細なのね」  「意外じゃないわよ!こう見えても私、意外と、そういうところ気にする人なの!」  「……意外なんじゃない、それ」  「意外じゃないのよ、笑わないでよね」  「笑ってはないけど……家賃の予算は五万円弱?」  「できれば四万切るくらいが理想」  「そうなるとやっぱりと郊外よ」  「郊外だと通勤時間かかるしなぁ〜」  「通勤時間はどのくらいが理想なの?」  「二十分!」  「そうなると都心になるわね」  「う〜ん……」  「まっ!もしかしたらそういう住居があるかもしれないし、後半も頑張って探しましょう」  「宮崎さん、優しい!それに前向き!そして大好き!」  「でしょ?」 私は舌先を少しだけ出して微笑んだ。  「トイレ付きですと六万三千円。浴室も付きますと八万円からになりますねぇ、ええ」 喋るたびに申し訳なさそうに頭を下げる優男(やさおとこ)に、鈴木は腕を組んで唸(うな)った。午後、一番に訪れた不動産会社は細長い雑居ビルの五階である。  「あの。付き添いの私が言うのもなんなのですが、新宿近辺だとこの家賃価格が定番なのでしょうか?」  「えぇまぁ、むしろこれでも安いくらいで、えぇ……」 すると鈴木が  「じゃ!風呂なしだけど、近くに銭湯のある物件なんかはありますか?」 と身を乗り出して聞いた。  「ええ。それが、そういった物件は現在、全て埋まっておりまして、はい。満室で、はぃ」  「ぇぇええ!!」  「はい、大変に申し訳なく思います、はぃ」  「ぇぇぇえええ!」  「……はぃ、えぇ、申し訳なく思います、はぃ」  「ぇぇぇぇええええ!!」  「話を先に進めましょうよ、鈴木さん……」 私が彼女を一瞥して言った。  「え、あ、うん……すみません」  「ご予算内ですと、浅草でなら風呂付き、トイレ付きで、」  「浅草は遠いです!」  「あ、はぁ、すいません」  「新宿駅まで二十分以内の距離が理想です!」  「……はぁ。そう申されますと、私どもが抱えている物件には、どぉにも、こぉにも、ございませんでして、はい」  「じゃあ二十五分!!」  「どぉにも、こぉにも、ございませんでし、」  「じゃあ二十七分!!」  「どぉにも、こぉにも、ございません、」  「っじゃぁ!!二十八分!!」  「ど、どぉにも、こぉにも、ご、」  「えぇぇええいっ!!じゃぁ、二十九、」  「ど、どぉにも、こぉに、」  「えぇぇええいっ!!じゃぁ、二十九分三十秒、」  「ど、どぉにも、こぉに、」  「ねぇ、鈴木さん。次、行かない?」 私は彼女に、こっそり耳打ちをした。  「全然、ダメだったわね、さっきの男!もっとはっきり言いなさいよ、って感じ!」 オフィス街を抜ける途中、鈴木が高らかに言い放った。  「言い方は物腰柔らかかったけど、言っている内容は割とはっきりとしていたじゃないの」  「ぁぁああダメ、ダメ!!もっと、こぉ、はっきりと言ってほしいの!!はっきりと!!!」  「ええ、鈴木様のご希望する物件は、現在ございません」 これで四度目の台詞である。恰幅(かっぷく)のいい中年の男性は、物怖じせずに言い放った。  「……はい。わかりました。じゃあ、新宿から三十分では、」 あまりにも率直の言うので鈴木は萎縮していたが、  「ええ、ございません」 それでも彼は鈴木の言葉を待たずして、返答した。  「そ、そうですか、はぃ……」  「ええ。残念ながらございませんね」  「……」  「ちなみに四十分以内にもございません」  「でも浅草になら、」  「ええ、浅草ですね。確かに浅草の外れなら鈴木様のご予算に合うアパートがございます。しかしあそこは交通の便が悪く、駅まで徒歩二十分はかかります。雨が降ったら、濡れますね。大雨なら、びしょ濡れだぁぁあ!!あははははは!!!」 男が大声で言った。失礼な店員だな、と内心でつぶやき、横目でそっと鈴木を見た。彼女は気落ちした表情で、うなだれていた。  「はっきりと言う人が良かったんじゃないの?」 不動産屋を出て、大通りを歩いているときに彼女に聞いた。  「良いわけないじゃない!ダメならダメで、もっとこぉ、優しく言ってほしいの!」 ヒールをカツカツ鳴らしながら鈴木は答える。苛立っている様子だ。  「え、でもさっきの意見と矛盾してるじゃない、鈴木さん」 一瞥(いちべつ)して聞いた。すると  「私が矛盾することを言うなんて、意外に思ったでしょ?」 と、鈴木が聞いてきた。彼女の目元は笑っている。なんだ、不機嫌なわけではないみたい。  「ううん」 だから私は微笑んだ。  「え、うそー!?」 そして鈴木が私の正面に立って聞いた。  「ううん、本当」  「え、うそよね?だって私っていつも一貫性のあ、」  「ううん。あなた、よく矛盾することよく言うもの」  「えー、うそでしょ〜?」  「ううん、ほんとです」  「……意地悪」  「意外でしょ?」  「……うん」  「鈴木様。単刀直入に申し上げますと、そのご予算で、三十分位内に新宿駅に到着できる別件はございません。これは我々の会社じゃなくてもおそらく同じことと思われます。予算を上げるか、距離を広げるかのどちらかです」  「……訳あり物件とかでもありませんか?」  「仮にそういった住居があったとしても、お化けは出ても、四万を切ることはないでしょうね」   「ですよねぇ」  「ええ。三万円台で風呂付き、トイレ付きはさすがに」  「ですよねぇ」  「はい」 清潔感のある若い男性スタッフが鈴木に頷(うなず)いた。  「鈴木さん。例えばだけど、予算を上げるのと、距離を広げるの。この二択ならどちらを取る?」 と横から私が。  「……距離」  「う〜ん、じゃ予算を上げるか、距離を広げるか。それをはっきりとさせるしかないと思うよ」  「ん〜」  「大変に恐縮ながら、私としてもお連れ様のご意見に賛同させていただきます」 彼が私を一瞥して、なぜか会釈をした。だから私も反射的に会釈を返す。  「ん〜〜」  「予算を四万五千円にまで上げて、通勤時間を三十五分くらいにすればあるんじゃない?風呂、トイレ付きで」  「ええ、おっしゃる通りです」  「ん〜〜」 腕を組む鈴木はしかめっ面だ。悩ましそうだ。壁にかかる時計に目をやった。十五時すぎ。この調子なら、あと二軒は回れる。心なしか同僚の新居探しに積極的な自分に多少、驚いた。  「別に今日決めるわけじゃないんだから、せめて物件のチラシだけでも貰っといたらどうかな?」 唸(うな)る鈴木に、なるべく水を差さないように言った。  「それ、名案」 鈴木がこちらを指差した。彼女はなぜか凛々しい表情で頷いた。だから男性スタッフは愛想よく笑った。  「さっきの男性、素敵じゃなかった?」 ビルを出た時、鈴木が嬉しそうに言った。いい物件が見つかったわけでもないのに、何故こんなにも楽しそうなのだろう。  「え?あ、うん、そうね。確かに愛想よくて、人当たりの良さそうな人だったね」  「男前、って感じよね」  「鈴木さんってああいう方がタイプなんだね」  「え?宮崎さん、タイプじゃないの?身長だって百八十以上はあったし、男前だったじゃない。それに私の好きな短髪だったし」  「短髪、好きなんだ」  「宮崎さんは?」  「私も」  「だよね」  「だよね」  「宮崎さん、お付き合いしている人、いるの?」  「ううん。相変わらずいないよ」  「私も」 不満げに言う鈴木。  「いない歴、どのくらい?」 膨れっ面の鈴木が私に聞いてきた。  「生まれてこのかた」  「えっ!?」  「ん?」  「宮崎さん、今までお付き合いしたことないの?」  「ないよ」  「うっそー!」  「ほんとぉー?」  「え、なんでぇ?」  「え、なんで?なんでって言われても、……なんでだろう」  「好きな人とかいたでしょ?今までの人生で」  「そりゃ恋くらいしたことあるわよ」 思わず笑った。  「ふ〜ん。じゃ、宮崎さんって操(みさお)を守る女ってわけね」 しみじみ言う鈴木が何故だか可笑しく感じた。彼女のこういう純粋なところは素直に羨(うらや)ましと思う。  「今時そんな価値観、流行らないわよ」 だから私は、わざとらしく訝(いぶか)しげな目で彼女を見て言った。  「何よぉ、その目はぁ。どぉせ、本当はお付き合いしている方、いらっしゃるんでしょ」  「いないって」 微笑んで返す。  「ふ〜ん」 今度は鈴木が訝しげでこちらを見てきた。  「何よぉもぉ〜」 だから私は呆(あき)れたように笑った。  「あぁ〜あ。私も早く結婚したいなぁ〜」  「いきなり話が飛躍するのね、鈴木さんって」  「なぁ〜んか、いいこと起きないかなぁ〜」  「いい物件が見つかれば、それがいいことよね」  「う〜ん。でもさ、たとえいい住居先が見つかったとしても、どぉ〜せ、また一人暮らしよ?」   「何人暮らしがしたの?」  「もぉ〜、どうして、そう、からかうのよ」  「からかう?」  「同棲とかしたいじゃない、どうせなら!」  「……それ、からかってるの?」  「え?」  「オヤジ……ぎゃく?今の」  「違うわよ!!」 彼女の大声に、思わず笑った。
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