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―これは今から少し先の時代のお話。未来の医療技術の発展に希望を託し、冷凍保存された女性が目を覚ますところから始まる。
女が目を覚ますとそこは病院のベッドの上。女の目覚めを喜ぶ人たちの中、わんわんと泣いて喜ぶ一人の老人がいた。目覚めたばかりの女は、体の感覚が鈍いのだが、次第に手に温かな温度を感じた。自分の手を顔を涙でくしゃくしゃにした老人が握っていることがわかった。老人は白髪で眼鏡の奥の目の周りには深いしわ、拭いても拭いても大粒の涙が湧き出してきていた。
「また、会えた・・・」
女の名前は美紀。30前後の黒髪、大きな瞳とは対照的に鼻や口が小さく、童顔で可愛らしい女だった。喜ぶ人たちを見回すと、その老人以外は白衣を着た病院の関係者であることがわかった。美紀は記憶を失っていた。おそらく肉親であろう老人のこともわからない。
「あなたは・・・?」
「...私はお前の父親だ」
老人は深いしわをさらに深くして、満面の笑みを浮かべた。その日から、美紀の父親は毎日つきっきりで美紀の世話をした。朝から晩まで、面会時間いっぱいに使って美紀のそばに居た。常ににこにこと幸せそうな父親、少しずつ美紀のぼやけていた身体の感覚や頭の中も鮮明になり、心身ともに回復していった。父はこの時代のことを様々教えてくれた。饒舌な父も、美紀が自分自身のことを聞くと、やや重たそうにして口を開いた。美紀が不治の病におかされ、60年冷凍保存装置の中で眠り続けていたこと、美紀が目を覚ましたこの現代では医療技術が発展し、すでに美紀の治療も終わって完治していること、肉親はもう父親の自分しか生きていないということ。
「お父さん、いつもありがとう」
未来に目覚めた不安も、毎日訪れる父の笑顔ですぐに消え去った。冷凍保存前の記憶が戻らず、父のことも思い出せないのだが、優しい笑顔と温かさで間違いなく家族であることを確信できた。術後の経過も良く、長い間眠っていた体のリハビリも順調で少しずつ元気になっていく。しかし、美紀とは逆に、父の体はみるみるうちに弱っていった。それでも美紀から離れず、かいがいしく世話をし、美紀が眠っていた間の話を聞かせてくれた。美紀が申し訳なさそうにすると、
「なに、親の私がしてあげられることはもうほとんどないんだから。出来ることはさせて欲しい。こうやって、美紀の力になれることが嬉しいんだ。死ぬ前に美紀が目覚めてくれて本当によかった」
そういって、リハビリを終えたばかりの美紀の足をさする。
「まだまだこれからだよ。今度は私がお父さんを助ける番」
「美紀が生きているだけで私は嬉しいんだ」
「私が寝ている間もずっとそばにいてくれたんだよね。私が復活したのはお父さんに恩返しするためなんだよ」
美紀のその気持ちが重たいのか、そうか、とだけいって苦笑いで流されてしまう。
そんなある日、美紀は自分の左手を見て驚いた。目を覚ましてから毎日見ていたはずなのに、どうして気付かなかったのか。
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