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「おそらく誰もいないと勘違いした君は、二階へ壁づたいによじ登ったところ、ヴェランダで窓越しに被害女性に見つかってしまった。だから殺した。不幸にも、そのとき鍵の掛かってなかった窓から室内に侵入すると、すぐさま逃げようとした女性を背後から追ってつかまえて。君はそのとき初めて母子の存在を知り、人を殺したいという殺意の感情をおぼえた。ことに赤ちゃんにかんしては、突然となりの部屋から大声で泣かれて、やっとその存在に気づきもしたのだし、よっぽどびっくりもしたのだろう。あわててタオルケットを圧しあて殺害したのがわかる、とにかくバレたくないという一心でね。近所の人間にというだけじゃない、殺人を犯した理由は全部、それだ」
机に固定されていたAの目線がふっと上がる。
「いまも必死に演技しようとしてるのだろう、バレたくなくて。バレるのが怖くて君は、そこにいる立ち会いの女の人にすら意識して、一瞬たりとも視線を向けようともしない。ほんとうの殺人の動機を察せられないように必死に」
ふたりの眼が合った。黙して返答しないAに、正面から刑事はつづける。
「君の自室にあった灰皿には、犯行時に装着していた手袋に火をつけたあとの燃え残り以外に、なぜか材質のちがうコットンもあった。おそらく、こっそりいっしょに燃やしたのだろう、もちかえった女性の下着を」
Aの瞳が見ひらかれた。
「人を殺してみたかったなんて大嘘だ。君は下着を盗みたかっただけ、それだけだ。性的な欲求と興味を抑えることができず、その現場を見つかったから余裕がなくて、ただ、しかたなく、人を殺さざるをえなくなったにすぎない。ただのこそ泥、ただの下着どろぼうだ、君は。その結果、人を殺してしまった。バカだ。誰でもよいから人を殺してみたかったなんて、真実が恥ずかしくて、みんなに知られたくなくて、カッコつけただけ。たんなる後づけの言い訳だ」
一言一句、いいきかせるように刑事は容赦なく真相を暴露した。向かいに座したAは両眼を閉じ、唇を噛んだ。みるみるうちに顔が赤くなっていく。
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