少年A

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「まるでムルソーだな」  知らず無意識に感慨が口をついて出ていた。急にスイッチが入ったのか、それまで相変わらずこちらの問いかけには無反応で、壊れたロボットのごとくずっと譫言(うわごと)みたいにおなじ語句をくりかえしていたAが、えっ、とそのとき一瞬、ほんとうにかすかにだが刑事のつぶやきに興味をしめしたように見えた。 「純粋殺人ってやつだな」  つづけて、中年刑事は素直におもったことを述べた。そこではじめて刑事と眼を一瞬だけ合わせたAは、しかし無表情のまま少し首をかしげただけで、ふたたび口を閉ざしたようだった。 「そうか、知らないか。まあ、いまどきカミュなんて流行らないよな」  どうやら話が噛み合わなかったようだ。腕を組み、背もたれに躰を預けて刑事は溜め息を長く()く。  現行の日本の法律では、十八歳未満は死刑に処されることはない。また、一部に悪名高いあの刑法第三十九条の二項目『心神喪失者の行為は、罰しない。』と『心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。』というのもある。十四歳の未成年の少年が、二名殺害するという本来は死刑相当の罪を故意に犯したとなると、はなから罰を逃れるためではないかと世間はまず疑う。殺人を自分の手でおこなうことに興味や好奇心があったので、死刑にならない年齢のうちに実行しておこうと企図したであるとか、精神鑑定で犯行時に心神喪失ないしは耗弱であったと判定されるように、見るからにっぽい(、、、)異常者らしく奇矯な振る舞いをわざと見せつけるのは演技であるとか、いまのAの言動はいかにも作為的だと非難囂囂たる声が世論を占めることになるのは必至だろう。 「誰でもよいから人を一度殺してみたかった、か。それはとりあえず、君があの母子(おやこ)を殺したと、認めたってことでよいのかな」  刑事は真正面から虚ろなAの視線をとらえようとしながらも、できるかぎり柔らかい印象をあたえるため、わざと目じりをさげ、のんびりした口調で尋ねた。 「殺して、みたかったから」  数分経って、思い出したようにAは先ほどのフレーズを再度くりかえした。
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