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「君のしていた手袋とまったく同質の繊維が、現場のいたるところからたくさん検出されたよ」
Aを連行したあと、母親立ち会いのもと家宅捜査をすぐさま実施、彼が犯人であることをしめす物的証拠はいくつも発見されている。なかでも決定的と考えられたもののひとつが、冬服の学生服に抵抗したときについたとおもわれる引っ掻き傷の薄い跡と、被害者の皮膚片が付着していたことである。背後から襲われたため犯人の細胞片がちょくせつ残るというようなことはなかったが、遺体の右手の爪先に付着していたごく微量の繊維と被疑者の制服のそれとが科学的に完全に一致したことからも、その事実は確実に裏づけられた。
「お母さんがね、君のことをすごく心配している」
Aの母親は混乱し事態を正確に理解把握できない状態のまま、捜査員たちに尋ねられるまま息子の部屋を中心に自宅を案内していた。最近とくに子どもにも家のなかにも異変には気づかなかったというが、しばらく経ってそういえばと困惑ぎみに思い出し口にしたのは「いつのまにか灰皿とライターが見あたらない」ということだった。その言葉どおり、Aの自室の勉強机にそのふたつは無造作に置かれていた。灰皿には何かが燃やされた跡がはっきりあり、灰のなかにわずか微量の燃えかすが残存していた。鑑識が調べた結果それは、防寒用手袋に使用される多様な化学素材と、コットンの繊維片であることが判明した。
担当刑事がそれらをひととおり説明すると、取調室に入ってから基本的なプロフィールの住所氏名以外ほとんど一言も喋らず、ひたすら沈黙していた被疑者の少年はついに観念したのか、とうとつに犯行を認めるような台詞を吐きはじめた。
「誰でもいい、から、人を、殺して、みたかった」
「ようするに君は、ただ純粋に誰か人を殺してみたかったというわけかな、知らない人でも誰でもよいから」
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