少年A

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 被害者の主婦が旦那には内緒でひそかにやっていた出会い系アプリで、いやべつに、いまやありがちなオンラインゲームなどで遊んでいる最中にチャットで、でもよい。いくらでも双方が知り合う機会はあったように想像も仮定もできる。どうやってかネットを通じて仲良くなるきっかけがあり、どこまでかは不明としてもわりと強い関係性がふたりのあいだで発生したのだとも。あるいは、Aが一方的に、偏執的にストーカーしていたというのはどうだろうか。だがそれでは、Aの供述ともいえない供述の、妙にドライで言葉(ずく)なの告白とは話が噛み合わない。あきらかに矛盾する。女性がストーキング被害に遭っているという訴えや届出などは記録になかったし、夫ほか親族や友人知人からそのような証言もいっさいなかった。  いわゆる男女の深い仲ではなかったのかもしれない。それなら肉体関係はおろか、会ったのは事件の日がほんとうにはじめてで、それまで一度もちょくせつ喋ったことも顔を合わせたこともなく、ずっとネット上のやりとりだけだったという可能性は高い。それでも精神的な深い繋がりができたことは充分に考えられる。会ったこともない人間同士が、いや知らない誰か、相互に生活環境も年齢性別も異なるまったく素性も知らない者同士だからこそ、おたがい秘密や相談を打ち明けるといった例も現代社会(いまどき)ではなんらめずらしくない。もちろん虚偽や詐欺であるケースもあるわけだが、もしかしたら事件はAとのあいだで、被害女性がそういったトラブルに巻きこまれたその結果なのかもしれない。  殺して、か。たどたどしく話す少年Aの理解不能な言葉には、もしくはべつの意味、べつの解釈もふくまれているのではないか。育児ノイローゼのようなことで女性は以前から深刻に悩んでいて、殺して(、、、)と本人みずから望み、頼み、応答(レスポンス)があったゆえに起きた殺人だったとしたら。ふだんから関係のあったかもしれないAにちょくせつ懇願し承諾されたのか、広く掲示板などで募って依頼し金銭と引き換えに実行されたのかはわからないが、つまり事件の真相は一種の自殺幇助、嘱託殺人だったということだ。Aならばまだ十四歳の未成年であるため、いまの司法制度ではまかりまちがっても死刑になることなどないし、心神喪失か耗弱だったと判定されれば刑罰が大幅に減軽されるか、うまくいけば無罪になる可能性すらある。
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