純粋殺人

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純粋殺人

 殺して──少年Aは表情のとぼしい顔でうつむきかげんに、誰にともなくつぶやくように口にした。ふいだった。 「人を、殺して、みたかった」  いちおう任意という形での事情聴取を開始して約二時間、無言の態度を貫きとおしたのち、はじめてAがまともに発した言葉だった。 「殺したかった、一回、誰でもいいから、人を殺してみたかった、から」  ようやく質問に答えたかとおもえばこれか、ヴェテランの中年刑事は内心ひとりごつ。  無機質な印象の取調室。平デスクを挟んで親子ほど歳の離れたAとさしむかい、長時間パイプ椅子に坐りつづけている男性刑事は、ぶつぶつ途絶えがちで低く聞きとりづらい声を耳にしながら、とうとうはじまったなと、これからのことや諸々がおもいやられ早くもどっと心労をおぼえた。  いまごろ世間では、母子殺人の犯人として近所に住む少年が逮捕されたというニュースでもちきりにちがいない。きっと近年まれに見る大変な騒動になっていることだろう。当然、警察が夕方に緊急記者会見した際に発表したのは、被疑者が未成年のため重要参考人として補導したということのみだった。詳しい情報はほとんど伏せたままだったのだが、十四歳の少年Aというだけで充分センセーショナルなイメージを惹起させ、扇情的な事件内容を連想させたようで、すでにマスコミ各社の報道や取材攻勢は連鎖的に過熱しつづけているらしい。  ただでさえ昨今、少年犯罪の増加と凶悪化が社会全体でつとにかまびすしい。じつのところ、それは無意識の情報操作による固定観念にすぎず、統計では未成年の犯罪は年々減少の一途をたどっている。正確にはひとむかし前の、世間一般的に共感も同情も場合によっては自然とできた、虐待や貧困といった家庭環境の不遇から違法行為に走る少年少女とちがい、現在は犯行にいたった動機がまったく意味不明なケースが増加している、というのが実情にほかならなかった。
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