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ふらふらとした足取りで創一は柵に近付いて行く。男は慌てた様子で創一の腕を掴んだ。
「待って下さい!死ぬ要素なくないですか?!もうあなたハッピーの極みじゃないですか!!」
「何がハッピーの極みだ!オレの不幸はオレにしか分からないんだ!!」
「何でですか?!億ですよ?!大金!もっとお金が欲しいと?!」
振り払いながら創一は叫んだ。
「お前のその金で何でも解決出来るって思ってる所がムカつくんだよ!!!」
「えー!!!えっ?私が嫌で死にたいと?!」
「そんな事言ってないだろ?!」
「じゃあ何ですか?!」
時刻は丑三つ時、時折車の音が聞こえる位で辺りは静かだった。8階建てのビルの屋上の喧騒など、寝静まった街で聞く者は誰もいない。
真冬というわけではないが、あと少しで12月。深夜の時間帯ともなれば外気に晒された体が冷えてもおかしくはない。
これから死のうと言うのに寒いから上着を持ってくればよかった、なんて思っている自分が可笑しくなり創一は笑った。
「……どうかしましたか?」
「いや……」
オレの人生、この数ヵ月を除けばそう悪いものでもなかった。まだ28年の人生だけれど、そう思える。
では何故死を選ぶ?
この男にそれを話して理解してもらえるのか?
理解される必要があるのか?
そもそもエンマ様ってなんだよ、それに本当に宝くじ当たってるのか?
でも当たっていたからといって……。
「大浪創一さん」
「……金で解決出来たら良かったのにな」
「……では何故……何があなたを死へと向かわせるのですか?」
創一は男を真っ直ぐに見上げた。
憂いを含んだ瞳がこちらを見ている。その声は聞く者を魅了するような、落ち着いた低い声だった。
「あんたさっき言ったよな、生きる糧って……」
「えぇ、言いました」
「もうその生きる糧がオレにはないんだよ……」
「……?」
創一は項垂れ、薄汚れたスニーカーの足先を見つめ、そして顔を上げた。悲しげに歪められた口元から絞り出した声は、悲壮感に満ちていた。
「……オレの……オレの推し、鳴神ミドリちゃんが引退しちゃったからな!!!」
「……はい?」
「確かにオレは周りから見たら不幸だった、借金あって彼女には振られ勤めていた会社は倒産したけど、それでも生きる支えがあったからオレは生きられた、少なくともオレは不幸だとは思っていなかった……だけど、彼女は芸能界引退……もう歌って踊る事はないって……そう言って卒業してしまったんだ……もう生きている意味がない……」
やばい、引退宣言を思い出して泣けてきた。
やっぱり、オレに生きる希望はない。
「……しなせてくれ……」
「待って!待って下さいって!!えーと、そうだ!別の推しとやらを作ればいいじゃないですか!」
「推しっていうのはなぁ!作ろうとして作れるもんじゃないんだよ!!簡単に言うんじゃねぇ!!!」
そもそもそんなに簡単に推しが出来たら死のうなんて思わねぇんだよ!!!
創一の魂の叫びを聞かされても、男は困った表情で柵の前に手を広げ、立ち塞がるのが精一杯だった。
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