死にたい男と死なせたくない男

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「じゃ、じゃあ推しとやらに私がなります!それでどうです?!」 「お前ふざけてるか?」 「ふざけてません!!女性の方の場合そういう事もしてまいりました、数十年の拘束など私には造作もありません、どうです?」 「良いわけないだろ!お前じゃ推しにならん!!」 「じゃあ!分かりました、あなた今ハッピーの権化なのでその鳴神ミドリさんとやらと付き合えます、ちょっとあれこれすれば容易く……」 「やっぱりお前は分かっちゃいない……」 「え?」 「退いてくれ」  立ち塞がる男を避け横に回ろうとするが、長い腕に阻まれた。 「だめですって!ていうか私には分かりません!説明して下さい……職務を全う出来ないのは怠慢と同じです、このままだとクビにされかねません、お願いです」 「あんたがクビになろうが知ったこっちゃないけど……オレは彼女と付き合いたいなんて思ってない……ただ、彼女に……ステージで歌って踊っていてほしかっただけだ…………ていうかオレ、ハッピーの権化なら彼女にまたステージに立ってもらえるようにするとか出来ないのかな?!」 「えーと……そうですね、少々お待ち下さい」  男はスーツの内ポケットからスマホのようなものを取り出すと、何やら操作し始めた。 「鳴神ミドリさん……んー……ダメですね、彼女妊娠してます」 「は?!」 「さっき付き合えるように出来るなんて言ってすみませんでした、それも無理でした」 「知りたくなかった事実……!!!!!やっぱりしぬ!!!しなせてくれ!!!!」  ダッシュで柵にすがり付いた創一の背中に張り付き、男は留まるようにと説得を試みた。 「待って!本当に待って下さい!!鳴神ミドリさん、えーと、人気アイドルグループ『ダーツ』の不動のセンター、先日突然の引退宣言……あぁ、きっと妊娠したからですね……えーと、センター時代の人気の曲は『桜、サク、チル、オドル』ですか、これ知ってます、春によく流れてるあれですね、ダーツというアイドルグループの曲だったんですね」 「なんだよ、急に、そんなの……」 「私、歌います!それで私を推せるか考えて下さい」 「は?」  男のスマートフォンから耳に馴染んだイントロが流れた。 「さくら~さいて~」  男は突然歌い出した。  裏声で歌われる歌詞は所々間違えているし、スマホが流しているのはMVのようで、それを見ながら男はワンテンポ遅れてダンスを踊った。 「きみがすきだったっていってたさくらの~きはぁ~いまも~」  滑稽だ。  深夜のビルの屋上で踊る男。  そもそもエンマ様とは何だ?  何故年に一度ひとりだけ死ぬのを回避させる?  嘘を付いているにしては必死過ぎるし、オレに嘘を付くメリットなんてない筈だ。  謎過ぎる。  そんな事を考えながら、踊る男を創一は見ていた。  MVの真似なのか、終始男は笑っていた。懸命にターンをし、ステップを踏む。  見られたものじゃない、でも、彼は一生懸命だった。 「さ~く~ら~さいて、ちって、そしておどるぅ~」  落ちサビは彼女の独唱。今でも思い出す、今年春のツアー。アンコールで流れていたっけ。  そのツアーDVDは何度も見た。  思えば5年推していたのだ、簡単に「思い出」になる訳じゃない。  でも、彼女がステージにいないという事実はもう、変えようがない。  でも「思い出」は消えない。  未来はないけれど過去は消えない、消せない。  だからこそ苦しいのだけど。
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