2人が本棚に入れています
本棚に追加
「おめでとうございます、あなたは死ななくていいんですよ!良かったですね!」
「は?」
今まさにビルの屋上の柵を飛び越えようとしていた創一は、腕を掴まれ引き倒された。
コンクリートに尻を打ち付けてしまい、その体勢のまま相手を見上げる。見知らぬ男だった。
「いってぇな!」
「これくらいの痛みなんて痛い内に入らないでしょう、て言うか屋上からダイブしようとしてたのに痛いなんて気にする必要がありますか?」
「……なんなんだよ、あんた……」
引き起こそうというのか、男は手を差し伸べてきたがそれを無視して創一は立ち上がった。
立ち上がってなお、男は見上げるような長身だった。
闇に紛れるような黒いスーツ。照明の少ない屋上では分かりにくいが、髪色は明るい茶色だろうか、とにかく喪服のような出で立ちにそぐわない髪色だ。
顔は整っているが、胡散臭い笑顔は信用出来そうもない。
「なんなんだよ、と来ましたか、そうですね、大抵の人はそう言いますね、私はあなたに幸運を持ってきた使者です」
「は?」
「信じていませんね」
目の前の男はそう言って深々とため息をはいた。
「友人の連帯保証人になってしまった事での借金苦、更に恋人との破局、仕事場の倒産……不幸の連続ですね、大浪創一さん」
「……なんでオレの事知ってるんだよ……」
ふふっと笑った男の顔は、得体の知れないもののようで不気味だ。
創一は男と距離を取るように一歩引いた。
「何でも知っています、と言いたいところですが概要しか知らないんです、そしてそれは私に取って大した事ではない、私は先程も言いました通り幸運を運ぶ使者です」
「……」
「信じていませんね?」
「……その、幸運を運ぶ使者ってなんだよ」
「お約束の質問、ありがとうございます」
男は腰を折ってお辞儀をすると、仰々しく話し出した。
「おめでとうございます!あなたは選ばれたのです!年に一度だけの奇跡!まさに起死回生と呼ぶに相応しいでしょうね!!これはエンマ様からのプレゼントなんです!!!」
「……は?」
「年に一回、ひとりだけ死ぬはずだった人間に生きるチャンスを与える、それは生きようと思えるチャンスを与える事、あなたのように不幸のどん底で打ちひしがれる人間には生きる糧を……大浪創一さん、あなた半年前に宝くじ買ってますよね?」
「は?え?」
「6だか7個だかの数字を選んで当たれば大金が貰えるというあれですよ」
「……半年前……」
あの頃はまだ不幸の兆しもなく、たまたま気が向いたので宝くじを買った。確かに……好きな数字を適当に組み合わせて……買った。
だが結果を見るのも忘れるくらい、その後は散々だった……。
「あれ、当たってますよ、一等」
「え?!」
「当たっているのに交換しないなんて勿体ない事をする人、結構いるらしいですよ、年間100億もの時効当選金があるとかないとか……まだ半年前なんで猶予はありますね、明日銀行へ行って換金してください」
「……」
「これで借金も返済出来ます、働かなくたって問題ない当選額ですよ、遊んで暮らしなさい、あとは恋人ですが、これはあなた、運が悪かった……でも彼女は詐欺師だったんです、あなたに借金がある事が分かり振ったみたいですけどね、それはそれでよかったですよ、因みに彼女は昨日警察に捕まりましたのでご安心下さい」
男はにこりと笑いかけてきた。親しみを覚えそうな程に優しい眼差しをしているが、創一には欠片も届かなかった。
「……」
「思考が追い付かないという顔ですね、皆さんそうなんですよ、私、これを年一回やっているんですが、皆さんそんな感じです……今日は帰って寝て、明日ゆっくり考えて下さい」
「……やっぱりしのう……」
「えっ?!」
最初のコメントを投稿しよう!