第1話 死にかけた私

1/1
前へ
/125ページ
次へ

第1話 死にかけた私

 気付けば水面が目の前に迫っていた。そして次の瞬間―。 ドボーンッ!! 激しい水音と共に私は冷たい水の中にいた。 <く、苦しい…っ!!> 長いドレスの裾が足に絡まって水の中で足をうまく動かせない。水を飲みこまない様に口を閉じるには限界がある。 <だ、誰か…っ!!> その時、誰かの腕が伸びて来て私の右腕を掴んできた。そして勢いよく水の中から引き上げられ、自分の身体が地面に横たえられるのを感じた。太陽の眩しい光が目に刺さる。呼吸をするにも、ヒュ~ヒュ~と喉笛がなり、空気が少しも吸い込めない。まるで水の中で溺れているかの様だ…。 「ユリア様っ!しっかりして下さいっ!」 誰かの声が遠くで聞こえる。次の瞬間―。 ドンッ!! 胸に激しい衝撃が走った途端、激しく咳き込んでしまった。 「ゴホッ!ゴホッ!」 咳と同時に大量の水が口から流れ出て来る。途端に呼吸が楽になる。 良かった…私、これで助かるかもしれない…。 「ユリア様?!大丈夫ですか?!」 太陽を背に誰かが私に声を掛けて来る。 …誰…?それに…ユリア様って…一体…? そして私は意識を失った―。 ****  次に目を覚ました時はベッドの上だった。フカフカのマットレスに手触りの良い寝具…そして黄金色に輝く天井…。え?黄金色…?! 「!!」 慌ててガバッと起き上がった拍子にパサリと長いストロベリーブロンドの髪が顔にかかる。 「え…?これが私の髪…?」 何故だろう?非常に違和感を感じる。本当にこの髪は…私の髪なのだろか?でも髪だけでこんなに違和感を感じるなら…。 「顔…そうよ、顔を確認しなくちゃ…」 ベッドから降りて丁度足元に揃えてあった室内履きに履き替える。…シルバーの色に金糸で刺繍された薔薇模様の室内履き。どう見ても自分の趣味とは程遠い。 「鏡…鏡は無いかしら…」 部屋の中を見渡すと趣味の悪い装飾に頭が痛くなってくる。赤色の壁紙には薔薇模様が描かれている。床に敷き詰められた毛足の長いカーペットは趣味の悪い紫。部屋に置かれた衣装棚は黄金色に輝いている。大きな掃き出し窓の深紅のドレープカーテンも落ち着かない事この上ない。 「こんな部屋が…自分の部屋とは到底思えないわ…」 溜息をついて、右側を向いたとき、大きな姿見が壁に掛けてあることに気が付いた。 「あった!鏡だわっ!」 急いで駆け寄り、鏡を覗いて驚いた。紫色のやや釣り目の大きな瞳。かなりの美人ではあるが、性格はきつそうに見える。 「…誰よ、これ…」 サテン生地の身体のラインを強調するかのようなナイトドレスも落ち着かない。これではまるで…。 「相当な悪女に見えるじゃないの…」 ぽつりと呟いたとき、突然扉が開かれた。部屋の中に入って来たのは年若いメイドだった。そして私と視線が合う。 丁度良かった!この部屋に入って来たと言う事は、私の事について良く知っているはずだ。 「あの、少しお聞きしたい事が…」 声を掛けると、途端にメイドの顔が青ざめる。そして次の瞬間―。 「も、申し訳ございませんでしたっ!」 突然頭を下げて来たのだ。しかも何故か彼女はガタガタと小刻みに震えている。 「あ、あの…何故頭を…」 言いかけた時、メイドが大声で謝罪してきた。 「どうぞお許し下さいっ!まさかユリア様がお目覚めになっているとは知らず、ノックもせずに勝手にお部屋に入ってしまった無礼をお許し下さいっ!」 メイドは涙声で訴えて来る。 え?な、何故彼女はこんなにも私を見て怯えているのだろうか?いや、それよりもまずは彼女を落ち着かせなくては…これではまともに話も出来ない。 「大丈夫です。私はちっとも怒ってなどいませんから。どうか落ち着いて下さい」 「ユリア様がそのような言葉遣いをされるなんて…っ!」 ますます怯えさせてしまった。 「あーっ!とにかくもうっ!本当に怒っていないから落ち着きなさいよっ!」 少々乱暴な口調で大きな声をあげると、少しだけメイドが落ち着きを取り戻した。 「そ、それでこそ…いつものユリア様です…」 メイドはビクビクしながら私に言う。 「そう、それよ」 「それ…とは一体何の事でしょう?」 首を傾げるメイドに尋ねた。 「ユリアって…誰の事かしら?ついでに…ここは…何所なの?」 すると私の言葉にメイドは目を見開き、次の瞬間―。 突然メイドが身体を翻した。 「た、大変っ!メイド長~っ!!」 「あ!ちょっと待ってよっ!」 私の質問に答えず、メイドは部屋から走り去ってしまった―。
/125ページ

最初のコメントを投稿しよう!

308人が本棚に入れています
本棚に追加