4.学内HQ

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4.学内HQ

 部活終わりの午後六時。  レポートの段取りを付けるため、大学部の先輩のところに愛用のスーパーカブ(自動車部でボアアップ改造済み)で玉堤通りをぶっ飛ばし大学部へ駆け込んで泣き落とした上、昼夜をとわずレポート用の実験に明け暮れている沖田は、完全に寝不足だった。  ようやく一段落つけて寮に戻ろうとすると、今後は合気道部の連中に見つかってしまい、稽古にひっぱって行かれ、さんざんぱら絞られ後、ようやく解放される。  体を引きずるようにして寮部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ。  コンマ1秒で寝息を立て始めたところで、昨年の学祭の時にアマチュア無線部から借りてそのまま部屋の片隅に放り投げてあったトランシーバーのコールが鳴った。  ちなみに、90年代初頭はスマホはもとより携帯電話もなく、もちろんインターネットも存在しなかった。連絡を取る方法といえば固定電話か、こういった無線機器を利用していた。まあ、今じゃ信じられないかもしれないけどね。ポケベルが普及するのももう数年後だったりする。  何度か無視していたが、コールが5回目になると仕方なくレシバーを取り上げる。 「飯なら学食から持ってきてくれー、俺寝る!」  喚いて切ろうとする沖田に 「アマ部の部室まですぐこい。昨年の続きかもしれん」  けっこうまじめな小坂の声がスピーカーから響く。 「冗談はやめとけよ。マジで。こちとら砂の国の話は思い出したくもない」  沖田もけっこうマジな声で返事を返す。 「とにかく来い。ああ、並木通りは横切るなよ。もしマジだったらヤバい。黒塗りのハイエースとランクル。気をつけてこいよ。オーバー」  通話の切れた無線機を暫く眺める。やれやれといった感じで沖田は立ち上がった。  学内に建てられているクラブハウスは生徒数の多さもあり、ちょっとした団地のような大きさだ。鉄筋四階建ての建物が学内の広大な敷地に横たわるようにして軒を連ねる。  アマチュア無線部兼技術部の部室は、そのクラブハウスの屋上のペントハウスにあった。元々、体育倉庫などに利用されていた所だが、無線のアンテナを立てるのに便利と言うことで、数年前から不許可で占拠を開始。既成事実を先に作り出し、後から正式に利用が認めらたという物件だ。  校舎より高いクラブハウスの屋上にあるため、校内の全てを見渡すことができる。  沖田が部室につくと、吉川、小坂、そして、アマチュア無線部の部長の長島と、ハイテク部部長の長谷川が、ペントハウスの窓から外を双眼鏡で眺めている。 「どうしったってんだよ。俺はな、ねみーんだよ」  悪態をつきながら部室のボロボロのソファーに倒れ込む。  胸ポケットからハイライトを取り出して100円ライターで火を付けようとすると、 「沖やん、ここ禁煙。煙が機材に悪い」  と長島に止められ、ハイライトを箱に戻す。 「あっちいって、並木通りみてみな」  米軍払い下げ店から部費を使って格安で買ってきたスターライトスコープを覗いていた小坂がスコープを沖田に渡した。  並木通りは広い校内を横切る二車線の公道になっており、校内を行き来できるようにいくつかの校門と横断歩道がある。  その銀杏の緑茂る並木通りの真ん中あたり、黒塗りのバンとランドクルーザーが一台止まっていた。  黒い背広を着たサングラスの男が二名、車の脇に立っている。 「あの、二人。背広の下になんか吊ってるぜ」  吉川に言われて沖田が二人の男にズームする。確かに左脇が少し上がっている。 「私服警官かなんかじゃねーの?」 「あんなでけー日本の警察官がいるかよ。たぶん、大陸の方のやつらだぜ」  言われてみると日本人でない気もする。 「はじめは、公安かなにかと思ったんだけどね」  こちらはでか目の双眼鏡で外を眺めていた長島。 「暗くなってくるとさすがにみえねないね」  双眼鏡を置いて長島が目のあたりもんだ。 「一応さっき、それとなく近づいて写真撮っておいたわ。写真部に置いてきたから現像は明日できるぜ」  PC98に向かって何か熱心に打ち込んでいる長谷川が振り向きもせずに言う。  もちろん、この時代はデジカメなんてものも存在しない。フィルムカメラで撮ったものを写真部の暗室で現像する必要がある。 「で、どうすんだよ?」 「まあ用心しておくに越したことはないな。今日から監視体制ひこう。ローテ決めるぞ」  吉川がそう言ってホワイトボードに全員の名前を書き出す。 「昨年の中東拉致られ組は全員参加ということで」 「じゃあ、ここの呼称はHQにしようぜ」 「棚の後に確かメイカーズマークスがあったな。あれ飲んでいい?」 「もう怪しけりゃ、対物ライフルでもなんでも撃ち込んでやればいいんだよ」 「俺は外してくれ、今日は眠い」 「ダメだね。ポーカーで決めようぜー」  各々好き勝手なことを言い出す。  小坂が真顔でトランプを取り出すと見事のカードさばきで切り終え、ローテーブルに人数分のカードを配りだした。 To be continued.
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