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1-3 ルームメイト
「1階の107号室…ここが私の部屋ね」
入学案内と一緒に送られてきた入寮説明書の手紙を何度も見て部屋番号を確認した。平民の学生は部屋を2名で共有することになっている。ルームメイトはどんな女子生徒なのだろう…ドキドキしながらドアノブに触れようとして…思い直し、扉をノックすることにした。
コンコン
すると―。
「はーい、どうぞ!」
部屋の中から元気な少女の声が聞こえた。
「失礼します…」
何と言えば良いか分からず、無難な言葉で扉を開けると、部屋の中には机の椅子に座り、こちらを向いている少女がいた。少女はこの国では珍しい肩まで届く黒髪に黒い瞳の持ち主だった。
「あの、私…」
すると少女は手招きをした。
「扉を閉めて入ってきて」
「え、ええ…」
大きなキャリーバッグを引きずりながら部屋に入り、扉を閉めた途端に少女が駆け寄ってきた。
「ちょっとぉっ!見たわよっ!」
「え?見、見たって一体何を?」
わけが分からず目をパチパチさせると、少女が言った。
「入寮早々にあの中堅貴族3人組に絡まれたんでしょう?災難だったわね〜。でも本当に運が良かったわ。だってレナート様に助けられたんだから!あ〜あ…羨ましいわ…。あの方はね、私達平民を見下す事が無い数少ない上級貴族の方なのよ」
「そんなに有名な方だったの?」
「ええ、そうよ。私達平民学生の女子生徒の中で憧れの存在なのだから。本当に素敵な方だったと思わない?」
「え、ええ。そうね…確かに素敵な方だったわ…」
顔を思い出し、思わず頬が赤らむと少女が言った。
「あ…その顔、やっぱり貴女もレナート様の事…好きになっちゃったのね?」
「す、好きになったなんて…ただ、優しくて笑顔が素敵だと思っただけよ」
自分の気持ちをごまかすように言う。
「そうよね…レナート様がいくら素敵な方でも私達平民がおいそれと口を聞けるような方じゃないのだもの…。何しろ彼は公爵家の方なのだから」
「え?!公爵家っ?!あ、あの…王族の次に位の高い…!」
「ええ、そうよ。だからこそ彼は風紀委員であり…王族のイアソン様以外は誰一人、彼に言い返す事が出来ないのだから」
「王族…?この学園には王族の方までいるの?」
知らなかった…!
「ええ、そうよ。本来王族の方なら貴族ばかりが通う学校に進学するのかも知れないけれど…イアソン様の国では平民とも同じ学生生活を送らせたいと考えての事らしいわ。でも、これはあくまで噂だけどね」
「そうだったの…」
それにしても…いくらあの人の命令とは言え、王子様も公爵家の方もいる学園に自分が入学することになるなんて…。私はギュッと手を握りしめた。
「それで、どうだった?」
「え?何が?」
「だから〜レナート様とお話した感想よ。私達じゃ容易に口も聞けるような方じゃないのは知っているでしょう?」
「そ、そうね…」
そこで私は少し考えると言った。
「柑橘系の…」
「え?」
「爽やかな香りのする…方だったわ…」
そう、あの人からはとても良い香りがしていた。
「あ、貴女…」
ポカンとした目で私を見るルームメイトに、自分が何て恥ずかしい事を言ってしまったのか、その事に気付いた。
「あ!な、何でも無いのっ!い、今の話は忘れてっ!」
思わず真っ赤になって言うも、少女が笑いながら言った。
「そうなの〜…柑橘系の香りがしたのね。やっぱり公爵家の方となると香水も高級なのかもね…」
「そ、そうね…」
赤くなりながら頷くと、少女が自己紹介してきた。
「そうだ、まだ名前を名乗っていなかったわね。私はアニータ・ヴェルガよ。貴女の名前は?」
「私はロザリー・ダナンよ」
「よろしく、ロザリーと呼んでもいいかしら?」
アニータが握手を求めてきた。
「ええ、それじゃ私もアニータと呼ばせてもらうわ」
握手の後でアニータが言った。
「それにしても、いいな〜。レナート様とお話できたなんて…ひょっとすると、その柑橘系の香水は婚約者のフランシスカ様からのプレゼントかしら」
「え?」
その言葉に驚いてアニータを見た。
「どうしたの?」
「レナート様って…婚約者がいらっしゃるの?」
「ええ、そうよ。爵位の高い貴族なのだから当然じゃない?」
「そ、そうなのね…」
当然だ、レナート様は公爵家の方なのだから。
私の遅い初恋は、一瞬で終わってしまった―。
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