【 動き出した呪文 】

1/1
前へ
/14ページ
次へ

【 動き出した呪文 】

 勝手に足が動いていた。  勢いよく2階から1階へと降りてゆく。  手が自然にリビングの扉を開ける。  そして……。 「父さん、母さん、もうやめてくれ!」  驚いたふたりが一斉にこちらを見た。  僕は震える声で続ける。 「もう、喧嘩なんてやめてくれよ……。もう、別れるなんて言うなよ……。もう、おしまいなんて言わないでよ……」  ふたりは動きを止め、呆然とした表情でこちらを見ている。 「これ以上、僕たちを迷わせないで! 僕たち家族は、何度もリセットできるゲームとは違うんだ!!」  そう叫び終わると、また勝手に足が動いていた。  リビングを飛び出し、玄関のドアを開け、暗い夜道をひたすら走った。  走って、走って、どこまでも暗闇を走った。 「うおぉぉーーーーっ!!」  大声を出して泣きながら、全力で走っていた。 「何でだぁーーーーっ!! 何でなんだぁーーーーっ!!」  僕には分からない。大人の考えが……。  いつだって、そう。子供のことなんて、僕のことなんて、全然考えてくれない……。  身勝手に何度も家族を変えようとする……。  僕のことも、前の姉さんのことも、そして、モエ姉のことも……。  泣いて、泣いて、泣き続けた。  走って、走って、走り続けた。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」  そして、走り疲れた頃、気付くといつも学校から帰る時に通る川の土手に来ていた。  僕は疲れて、そのままその土手の草むらの上に大の字で横たわる。  見上げると、今日の夜空は、僕の心とは裏腹に、なぜか綺麗にとても澄んで見えた。  この出来事が、まるで嘘のように……。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加