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公園
早朝。
ようやく赤い光が辺りの暗闇を照らし始めた。
この時間が一番好きだ。皆、寝静まり誰もいない。あのうるさい欲に満ちた雑音が嘘のように消え去った時間。
そしてこの時間一人でいるのが好きだ。誰にも干渉されることはない。
いつものように、風花のように舞う小さな何かが朝日の光に染まってゆく。その小さな光はあたりを幻想的に飾る。
池には鳥たちが安心した様子で戯れ、愛を語り合っている。
ここは見晴らしの公園。繁華街から少し離れた高台にある。公園からは街が一望でき、カップルが良くピクニックに訪れる。
公園入口を入り坂道を上って行くと、芝生の広場があり、その端に小山がある。小山の上には滑り台やブランコなどの遊具、一休みするための木の机と椅子がある。このローラー滑り台はとても色鮮やかで、かつ大きく小山の上から数10メートル、曲線を描きながら下っている。遠くから見てもすぐに分かるこの公園のシンボルだ。
愛菜は小山に近づきふと滑り台の方を見た。すると滑り台の上にすでに一人誰かいるのが見えた。誰もいないと思っていた。10代後半の男のようだ。少し前からあちらもこちらに気がついていた様子だ。無視して去ることもできる。でも今日は久しぶりに滑り台で滑りたかったからここに来た。
近づくと、彼は当然のごとく話しかけてきた。
「おはよう。」
あれっと思う。他の皆が使っている言語ではない。同じ言葉で返事する。
「おはよう。」
笑顔もなく、ただぶっきらぼうに返事した。それを聞き男は大きく目を見開いた。
「あれ?僕の言葉がわかるのかい。」
「ええ。」
「すごい。だいたいみんな話しかけると無視して逃げていってしまう。言葉が通じる人に出会うのは初めてだ。」
「私、だいたいの言葉がわかるの。」
「そうなんだ。うれしい。」
男は満面の笑みを浮かべ、左右に揺れている。よほど嬉しかったようだ。
「両親の仕事の関係でこっちに引っ越してきたんだ。でも言葉が通じなくて友達もできない。友達が欲しくてここにいるんだけどなかなか言葉の通じる人に出会えなくて。」
「あいにくだけど、ごめんね。私そういうの、いいの。友達とか恋人とか。」
「えっ」
急に断られた男は残念そうな顔をして滑り台の上にしゃがみこんだ。少しの沈黙の後、しょんぼりとした声で男はつぶやいた。
「じゃあ、今、一度きりででいいから少し一緒に遊んでくれない?」
無視したかったが、寂しそうな彼を見てしかたなく少しだけ付き合うことにした。
保育園生のように一緒に滑り台を滑った。最初は彼が先頭、次は私、もう一度彼。初対面の男女が一緒に滑り台なんて馬鹿げている。3回滑ったところで、彼は今度はブランコに一緒に乗りたいと言い出した。しかたなくブランコの方へ行き、一緒にブランコを漕いだ。
「僕は、コウ。君の名前は?」
「愛菜」
言いたくなかった。少し躊躇いながら返した。
「可愛らしい名前だね。愛菜さんはどの辺りに住んでいるの?」
「別に。公園の下の方よ。」
「え、いや・・・。僕は引っ越してきて、都内に住んでいるんだ。愛菜さんは?」
「私は、住んでいる場所なんてないわ。」
コウは困惑した。意味がわからない様子だ。
「いや、ごめんね。変なこと聞いて。」
「いいえ。」
しばらく、沈黙の中、嫌な空気に包まれる。
「あの・・・。お父さん、お母さんは?」
「なぜそんな事聞くの?」
「あ、いや、別に・・・。」
「もちろんいるわ。でもどこに居るかは知らない。」
「・・・」
コウは更に困惑した。
二人の会話はこれ以上続かなかった。
「ごめんね。じゃあ私これで帰るわ。」
愛菜はそう言うとブランコを降りた。コウはまた残念そうな顔をし、深くうつむいた。
「あなたがどうとかじゃないの。苦手なの。本当にごめんなさい。気にしないで。」
コウは何も言わなかった。
小山を下り彼から遠ざかろうとしたとき、後ろから声がした。
「また、会えたら遊ぼうね。」
愛菜は返事も反応もいっさいせず小山を下り、見晴らしの良い方へと向かった。
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