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「はああああ? 」
呆れのあまり出した声は
思ったよりもずっと乾いていた。
ぱらぱら、と心地好い小雨の降る中、
男はある場所へ一人で向かっていた。
数分前に携帯に送られてきたメール、
それは恋人からのもので、内容は
『殺して下さい』
…とのこと。俺が殺し屋とはいえ、
何故それを俺に頼むんだ。いくら俺でも
自分の恋人は手にかけたくはない。
まあ他の奴に頼んだら嫌ではあるが。
…全く、呆れたもんだ。
そう思いながら俺は足を進める。
ばしゃばしゃ、と音をたてて水溜まりの
上をスニーカーが進んでいく。
…これでもう何度目のことか。
今までに同じ内容のメールを送られた
ことがあった。最初こそは動揺したもんだが、今じゃさすがに慣れてしまった。
こういう時にアイツが居るのは間違いなくそこだ。俺たちが出会った公園。
アイツが首を吊って死のうとしているのを俺が思わず止めてしまった場所。
木が多くて、遊具も人も少ない、
俺たちが何度も訪れた公園。
公園の前に辿り着くと、
ベンチ付近に細い人影が見えた。
近づくと、それはだんだんはっきりと
してきてその影は間違いなくアイツ
だった。髪の毛は濡れて水滴を垂らして
いる。黒いオーバーサイズのパーカー
を着ていて、その瞳はどこか遠くを
呆然と見つめていた。
雨のせいでコイツが泣いているのかも
分からなかった。俺はさしていた傘に
コイツを入れながら声をかける。
「帰ろう」
「…うん、」
その手に触れれば、コイツは
きゅ、と柔く握り返してきた。
その弱々しい仕草に胸が切なくなるのが
分かった。俺はか細い手をさらに
強く握って、もと来た道を帰っていった。
…いつかちゃんと殺してやるから。
そう心の中でコイツに謝りながら。
俺は儚げで不安定な お前 に、
お前は遠いようで近い 死 に、
恋している。
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