第二王子の初恋

1/2
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
「昨日の舞踏会で、僕を悪者から剣で守ってくれた、あのご令嬢に一目惚れしました!僕の婚約者は彼女がいいです!」 10歳の第二王子ティムが朝食の席で発した言葉に、その場は凍りついた。 その言葉に、国王と王妃と16歳の第一王女ヘレンはフリーズした。14歳の第一王子リアムだけは、面白そうに皆の様子を眺めながら食事を続けている。 国王は眉根を下げながら、怒ったような口調で言った。 「女性の身で剣を使うなど·····そんなみっともない、不作法な女はダメだ!」 国王の言葉に、第二王子ティムはふわふわ巻き毛の金髪を乱して首を振り叫んだ。 「嫌だ!僕の初恋なんだ。諦めない!父上だってこの舞踏会で婚約者を見つけるように僕に言ってたではありませんか!」 意固地になり始めた第二王子ティムに、王妃が自分の大きなお腹を撫でながら、諭すように言った。 「女性は、今の私のように妊娠して活発には動けなくなる時が来るわ。そのご令嬢に剣で守ってもらいたくて、傍にいて欲しいと考えているのなら、それは難しいと思うわ」 第二王子ティムは、妊婦である王妃には強く反発できず、大人しく言い返した。 「それは分かっています母上。私は、彼女に守って欲しいと思っているのではないのです。彼女の剣に惚れたのではなく、転んだ僕の手を引っ張って起こしてくれた時に触れた、彼女の剣ダコに惚れたのです。前時代的でお堅いこの国で、女性の身でありながら剣の鍛錬を日々行ってきている·····そんなストイックさに惚れたのです」 第二王子ティムからの思わぬ反論に王妃が黙ると、今度は金髪をウェーブの第一王女ヘレンがにこやかに話しかけた。 「ふふふ、まだ10歳なのに、難しい言葉を沢山話せるようになったのね。いいわ。お姉ちゃんが特別に貴方の運命の相手を占ってあげる」 第一王女ヘレンはおもむろに両手の親指を、鼻の穴の中に突っ込んだ。一見マヌケにも見えるポーズだが、これは彼女が未来視する時の必要動作なのだ。 10分後、両親指を鼻の穴から引っこ抜き、第一王女ヘレンは眉根を下げながら言った。 「少しだけ見えたわ·····貴方の運命の相手は·····手に剣ダコがある相手だわ」 その言葉に、国王と王妃は頭を抱えたのだった。 *** この国には100年に1度、未来視の能力を持つ王女が生まれる。だが、未来視を出来るのはこの国の王族にまつわる、ちょっとした情報だけである。 例えば、王妃のお腹に今いる子供は女の子であるとか、国王は何歳で禿げ始めるとか、そんな程度である。そして、彼女自身にまつわる情報は一切占えないのだ。 しかし、噂とは大きくなりがちなもので『未来を知ることが出来る王女を手に入れよう』と、隣国から刺客が送り込まれるようになった。 舞踏会に第一王女ヘレンを狙った刺客が参加するという情報を掴んだ国王は、王女に護衛をつけることにした。 しかし、この国の慣習では舞踏会で未婚女性のすぐ側には男性の護衛はつけられない。男性護衛は壁の傍で、控えていなくてはならないのだ。 そして、女が剣を持つ事は、はしたないと言われているこの国では、女騎士は一人もいなかった。 苦肉の策で考えられたのは小柄な男性騎士を女装させ、舞踏会中の第一王女ヘレンの警護についてもらう事だった。 そんな中で白羽の矢が立ったのは、最近、第一王女付き護衛になったケビンであった。 彼は女装の命令に、とても抵抗した。ケビンは自分が小柄で女顔である事に、誰よりもコンプレックスを感じてきたからだ。 しかし、王命との事で逆らう事が出来ずに、ケビンは泣く泣く女装して、ご令嬢として舞踏会に参加したのだった。 「あれ、ケビンか?うっわぁ、すげぇ可愛い!」などとうっかり言ってしまった同期は後でケビンにボコボコに殴られた。 ケビンは「マジでふざけんな!」と内心毒づきつつ舞踏会に参加した。そんな内心ではあったが、4男3女いる辺境伯の末っ子である彼は、姉達の振る舞いを思い起こしながら舞踏会での令嬢を演じ切っていた。 そんな時にケビンはふと庭園で、隣国からの刺客と対峙する第二王子ティムとその護衛達を目撃し、バルコニーからドレスのままで飛び降りて太ももに隠してあった短剣で参戦したのだった。 そんな事情を知る、国王と王妃と第一王女ヘレンは、いかに第二王子ティムを傷つけずに、彼の初恋をなかったことにするか、苦心していた。 結果、ケビンは第二王子ティムに見つからないようにと、故郷の辺境の守護へ異動となった。入隊当初から第一希望が辺境の守備兵だった彼にとっては、願ったり叶ったりの部署転換だった。 そんな一方で第二王子ティムは諦め悪く、王城のメイドたちに「剣ダコのある令嬢を知らないか?僕の初恋の相手なんだ」と聞いてまわっていた。 メイド達は良かれと思って噂を広めた。善意の噂は、ねずみ算式に拡散され、あっという間に国中に広まった。 国王が「ただの噂にかまっていられない」と無視して、否定しなかったせいもあり、噂はエスカレートした。 そして、いつの間にか『この国で剣技が1番強い女の子が、第二王子ティムの婚約者に選ばれるらしい』という噂がまことしやかに囁かれる様になった。 王子に見合う年頃の令嬢を持つ親達は、こぞって娘に剣を習わせた。 果ては平民の女性から年齢高めの貴族令嬢まで剣を習い始め、剣の講師は大繁盛となった。 1年ほど経ったころ、大儲けした剣の講師が主催で『女性限定の剣闘会』が開催されることになった。そして、主賓に第二王子ティムが呼ばれる事となったのだった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!