第二王子の初恋

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「明日は女性限定剣闘会が、開催されるんだろ?」 第一王子リアムは、人払いした自室に招いた第二王子ティムに話しかけた。 「そうですよ。僕が主賓だそうです。主賓というか、景品というか·····」 苦笑いで言い淀む第二王子ティムに、第一王子リアムは笑いかけた。 「すべてお前の目論見通りだろう?ヘレン姉上と生まれてくる第二王女のために女性騎士の制度を作りたくて、お前が初恋の演技したんだんだよな?国の慣習を変えるのは困難だが、ブームを巻き起こせば後は容易いからな」 「やはり兄上には、すべてお見通しだったのですね。無益な国の慣習など、肥溜めに捨ててしまえばいいのに。父上も、ヘレン姉上を守るためにもっと国の慣習を変えていく努力をして欲しいものです」 急に大人びた雰囲気で話し出した第二王子ティムを見て、第一王子リアムはやれやれと肩を竦めた。 「そう言ってやるな。父上はやるべきことが山ほどあるから、手が回らないのだろう。·····お前の狙いはあの初恋の演技で、ヘレン姉上の婚約者候補に決まりかけていたケビンを遠ざける意図もあったのか?」 「さすが、兄上!そこにも気づいて頂けましたか!父上ときたら、ちょうど辺境伯と繋ぎをつくりたかったからと言って、ケビンを婚約者にしようとしてたんですよね。イケメンだからヘレン姉上も喜ぶだろうと思ってたみたいですが、大間違いですよね。姉上は騎士団長みたいなゴリマッチョが好みなのに·····」 プンスカプンと頬を膨らませた第二王子ティムを見ながら、第一王子リアムは苦笑いをした。 「ケビンはなぁ、イケメンだが性根が気に食わんよな」 「ですよね!ヘレン姉上の占いポーズを初めて見た時、彼ドン引きしてましたもん。その時点でないわーって思いましたもん。それに比べ、騎士団長なんて、ヘレン姉上のあのポーズは痛くないのだろうかと心配して、自分も両親指を鼻の中に突っ込んで、抜けなくなって大騒ぎした逸話がある人ですからね」 「騎士団長は今24歳だから年齢的にも大丈夫なラインだし、俺の進言通り話は進みそうだぞ。姉上と騎士団長は両片思いの仲だから、今後の進展は早いだろうよ」 そう言って、第一王子リアムは紅茶を一口飲み一息つくと、銀髪をかき揚げて、第二王子ティムを睨んだ。 「·····それにしても、あの朝食の席での発言に、お前がケビンに本気で恋してるのかと一瞬、焦ったぞ。事前に俺に相談しておけよ。同性婚の承認を得るための数々の困難が、俺の頭を駆け巡ったぞ」 「心労かけてしまい、すみません。同性婚ですか·····同性婚はこの国では、時期尚早でしょうね。もっと価値観の多様性を受け入れられる土台が出来てから出ないと、公に認められるのは絶対難しいですよね。僕は多様な価値観が認められる国に兄上と共に変えていきたいと思ってます。女性の社会進出を促したいのもその為です。今回はその布石です」 第二王子ティムがスラスラと自分の考えを話すと、第一王子リアムはため息をついた。 「本当にお前は、俺の前でだけは10歳とは思えない賢さだよな。お前が王位に着いた方が良いのではないかと、時々思うよ。幼くアホな第二王子のフリするのはそろそろ止めてはどうだ?その方が、色々動きやすいだろう」 第一王子リアムの提案に、第二王子ティムは苦虫を噛み潰したような表情になった。 「絶対、嫌ですよ!兄上には表舞台に立って頂き、僕は正攻法では上手くいかないことを、後ろから小細工して突破口を開く役を担いたいんです!王位について、表立って賢く対応している僕なんて、虫酸が走ります!僕は周囲から軽んじられる位が、心地良いんです!」 「軽んじられるのが心地よいとは·····弟がドMに育ってしまい、兄さんは悲しいよ」 第一王子リアムがよよと泣き真似をすると、第二王子ティムはニヤリと笑った。 「僕は、ドMではないですよ。逃げられると追いつめたくなるタイプですし、健気に頑張ってる女性とかが好みですから、どちらかと言うとSだと思いますよ」 「もうMでもSでも、お前が幸せならどっちでもいいよ。それにしても、お前の婚約者選びはどうするんだ?家格的にはゾフィ嬢が釣り合うが·····お前この前の舞踏会でゾフィ嬢から逃げ回ってたもんな。彼女では不服か?赤髪は苦手か?」 第一王子リアムの問いかけに、第二王子ティムは紅茶を一口飲みため息をつくと言った。 「赤髪は嫌いではないのですが、追いかけられると逃げたくなる性分なもので·····ゾフィ嬢とまともに話したことないんですよ。でも彼女、僕がいくら素早く姿をくらませても、いつの間にかすぐ側に追いかけてくるんですよね。ドレスでのあの素早さは賞賛に値しますが·····彼女は剣ダコとは程遠い白魚のような手の持ち主でしたから、僕の運命の相手ではなさそうです」 「確かに、ヘレン姉上の占いは当たるからなぁ。じゃあ、明日の剣闘会で運命の相手が見つかるかもな。この国の現状では王族と平民の婚姻は厳しいかもしれないが、男爵家以上の家格の女性なら問題ないぞ」 「きっと男爵家以上の令嬢は剣ダコ出来るほどは訓練してないと思うので、無理な気がします·····」 第一王子リアムが肩を叩くと、第二王子ティムは少し残念そうな声で言ったのだった。 *** 剣闘会当日、国王に引き止められたりしたため、遅れて会場に第二王子ティムは到着した。 彼が到着した頃には既に準決勝第2組目が始まっていた。 準決勝は平民の女性同士の戦いであるようで、第二王子ティムは「やはりな」と思っていた。 日頃から家の手伝いで家事や育児をし、重い荷物を持って生活している平民と、本より重いものを持った事がない貴族令嬢では、筋肉の付き方が違うのだ。 筋トレ不足のご令嬢が勝ち抜ける訳が無いし、そんな根性あるご令嬢がいるとも第二王子ティムは思っていなかった。 試合はおでこと胸元の小さな皿を剣で割った方が勝者となる。 準決勝の、平民の女性達の剣技の腕が予想以上に高く、第二王子ティムは驚いた。「これならば、王女付きの女騎士団員をすぐ任命出来そうだ」とほくそ笑んでいると、決着がついてガタイの良い茶髪の中年の女性が勝ち上がった。 いよいよ決勝戦が始まると思い、第二王子ティムは剣闘場を見て固まった。 見覚えがある赤髪の少女が乗馬服のような姿でサーベルを提げて姿を表したからだ。 まさかゾフィ嬢が決勝戦に上がれるほどの腕前を身につけてるとは夢にも思わなかった第二王子ティムは、あんぐりと口を開けて決勝戦を見守った。 試合開始後は茶髪の平民女性からの重い剣撃に、力負けしていたゾフィ嬢だった。しかし、次第に茶髪の女性の太刀筋を見抜き始めて、避け始めた。そして、茶髪の女性からの大ぶりの一撃を素早い身のこなしでかわし、そこから跳躍して大きく上に剣を振りかぶり、相手の額の皿を割ったのだった。 荒い息で汗まみれ泥まみれのゾフィ嬢が、第二王子ティムには眩しく見えた。 優勝トロフィーを渡す係を仰せつかった第二王子ティムは、間近で見て、やはりそのご令嬢がゾフィ嬢であることを認めて、改めて驚いた。 そして、トロフィー授与の際に当たった彼女の手を見て、ゾフィ嬢の白魚のような美しかった手が剣ダコだらけになっていることに気づいたのだった。 その途端、自分のために身を粉にして頑張ってくれたゾフィ嬢への愛おしさが胸から溢れ出してきた。 「僕のために·····こんなに剣ダコ作るほど、剣を頑張ってくれた君を愛おしく思うよ」 第二王子ティムがそう言いながらゾフィ嬢の手をとると、彼女は急に顔を真っ赤にして「別に王子のために剣を頑張ったのではありませんわ。剣が好きだから頑張っただけなのです」とモゴモゴ言い出した。 そんなゾフィ嬢を見て、第二王子ティムは 『確かにきっと剣を習ってみたら楽しかったから、こんなに短期間で強くなったんだろう。でも、きっと親に俺の婚約者に選ばれるように頑張るよう言われたから、舞踏会では自分を追いかけていただろうに·····僕から迫られると急にツンデレになるとか·····ヤバい。可愛すぎる。ツボだ!』と、悶えていた。 そして、その衝動のまま第二王子ティムはゾフィ嬢の前に跪き「僕の婚約者になってください!」と宣言した。 息を呑み様子を見守る観衆の中、ゾフィ嬢は顔を真っ赤にしてフリーズした後、頷いた。 そして闘技場は、割れるような拍手と「優勝おめでとう!」「婚約おめでとう!」という声で包まれたのだった。 その後、国王は40代後半になるとすぐ第一王子リアムに王位を譲り、隠居した。 リアム国王の治世は、とても安定し発展した。 それは、リアム国王が賢王であったこと、穏やかで賢い王妃と手を取り合い安定した国政を行ったお陰と言われている。 リアム国王自身は、謙虚な人柄なので自身の功績は誇らず、「賢王」と褒められると、謙遜して頭をかきながら言うのだった。 「俺が賢王と言って貰える働きが出来ていたとしたら、それは妻が陰で支えてくれているお陰ですよ。それに、国が安定しているのは、ヘレン姉上と騎士団長の夫妻が占いの力と武力で国防を固めてくれたお陰です。·····何より国が発展したのは、俺が正攻法で行き詰るといつも突破口を開いてくれていた弟のお陰ですよ」 しかし、リアム国王のその言葉に周囲は「いつものんびりぼんやりで『昼行灯』と呼ばれていて、何か行動したと思えば『万博を開催しよう』などと、いつも突拍子もない提案ばかりするティム王弟殿下が何をしたと言うんだ!?」と首を傾げるばかりだった。 昼行灯と呼ばれたティム王弟殿下は、老後になっても妻と仲睦まじく暮らした。妻の剣ダコを愛おしそうに撫でる王弟殿下と、顔を赤らめて手を引っ込めようとするその妻ゾフィの様子がよく目撃されたという。 リアム国王の治世で、この国1番のベストセラーとなった本は『剣振りかぶり姫』である。 その内容はゾフィ令嬢と第二王子ティムの物語である。いつしかこの国では、『灰かぶり姫』ではなく『剣振りかぶり姫』が、少女達のバイブルとなった。 魔法使いの助けで幸せを掴むのではなく、日々の努力と鍛錬で幸せを掴んだ令嬢の話を何度も聞いて育った少女達はやがて成長して、あらゆる分野で成果をあげるようになった。 そして、その活躍により国は大きく末永く発展したと言い伝えられている。 〜おしまい〜
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