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店(STAR)の中に入ると、何人かのスタッフはもう開店準備をしていた。
「お疲れ様でーす」
声をかけられる。
見渡すと、菫はまだ来ていないようだった。
丁度良い。
「お疲れ様。蘭子ママはもういる?」
「はい。事務所にいます」
「ありがとう」
そのまま狭い事務所に向かう。
蘭子さんには「二人で話したいことがある」と連絡をしておいた。
「お疲れ様です」
売上の管理をしているのか、パソコンに向かっている蘭子さんの後ろ姿に声をかける。
「ああ、椿!お疲れ様。ちょっと待っててね?」
「はい」
開店までまだ時間がある。イスに座って待つことにした。
数分後
「ごめんね。遅くなって。事務所にカギをかけてくるから待ってて」
蘭子さんは立ち上がり、扉には<ただいま入室禁止>の蘭子さん手書きのボードがかけられ、事務所には誰も入って来ないように配慮してくれた。
前に呼び出された時は外だったけど。
「これで大声で話さない限り、あんまり外には聞こえないと思うけど……」
「ありがとう。実は……」
さぁ、なんて伝えようか。一瞬言葉に詰まった。
すると
「椿……。あなたの相談したいことって、もう私、知っているのよ?」
「えっ……?」
もしかして、蘭子さんも気付いていた?
それとも他の従業員からも告発があったのか?
「椿の悩んでいること……。桜ちゃんとの関係でしょ?」
「はっ?」
桜との関係って?俺が無言でいると
「もう!恥ずかしがり屋さんなんだから!!桜ちゃんと一緒に住んでいるのに、キスどころか……。ハグしかしてないんだって?蘭子さんが女心を教えてあげるわ!」
なんだよ、それ。なんで知ってるんだよ。
どうせ蘭子さんに話したの、姉ちゃんだろ。
「ちょっと待って!いろいろ言いたいことあるけど、そういう話じゃないから!」
「えっ。違うの?」
蘭子さんの呑気な顔を見て、ふぅと溜め息が出てしまった。
「実は菫が……」
俺は昨日桜から聞いたこと、菫の接客態度について話をした。
「まぁ!桜ちゃんには怖い思いさせちゃったわね。可哀想に」
俺と桜の話を信じてくれたようだった。
「お客さんにそんなことしているのは知らなかった。でもあの子、勤怠もあまり良くないし、まだ新人なのに調子に乗ってお客さんからクレーム受けたこともあったし。呼び出して注意するわ?そこで直さないようであれば……。辞めてもらうしかないわね。今日出勤予定だから、お店が終わった後に呼び出すから。椿も残ってもらえる?」
「はい」
俺も菫がなんて言うか知りたい。
菫は十分ほど遅刻をして出勤した。
オーナーである蘭子さんは最前線で働いているし、勤務中にはしっかりとした注意ができない。それがわかっているためか、蘭子ママ、他のキャストに謝りもせず自然とフロアーに入って仕事をしている。もちろん俺にも挨拶はなかった。
その日、菫は大きな問題を起こすことなく勤務を終えた。
閉店後の掃除前に
「ちょっと菫。話があるから来てちょうだい。椿も」
蘭子ママから呼び出しがあった。
「みんなは掃除が終わったらいつも通り帰っていいからね。お疲れ様」
他のキャストに蘭子さんがそう伝え、三人で狭い事務所へと向かった。
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