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変身
ぐちょ
ぐちゃ
ばきばき
………………
ごっくん。
脳内に表示される文字。
〝Now Loading…〟
その文字がバッと消えると、僕は目蓋をのっそりと開ける。そして、手のひらで顔のラインをなぞって確認をする。
角張った顔の輪郭。凹凸ある彫りの深い顔。
指先に触れるふさふさのまつ毛。
その下にある少しだけ突き出た眼球は大きい。
「よし!完璧。さぁ、かや乃に会いにいかなくちゃ」
足元に散乱した肉片やら、首なし死体の背中やらを踏みつけながら、僕はその場から歩き出す。靴底に、生肉の破片や血のりがベタベタとへばり付くが気しない。
彼女に会いたい。
ただ、それだけ。
彼女はきっと、喜んでくれるはずだ。
今宵は満月だ。不気味に紅く浮遊する望月。
あの日もこんな美しい月夜だった……。
***
僕とかや乃は、夜景が綺麗な小高い山に来ていた。目の前は絶壁。一歩間違うと転落死するだろう。カップルにとって有名な夜景スポット。いくつか離れた場所にベンチが置いてあるが、そこには寄り添っていたり、抱きしめあっているカップルが座っていた。
僕は右ポケットに、小さなリングケースを潜ませていた。
今宵、彼女にプロポーズをしよう!そう思って。
でも、今日の彼女は少し不機嫌そうな顔をしていた。いつもはあんなに喋るのに、今日はなぜか口数が少ない。頬が少し、ぶうっと膨らんでいるようにも見えた。でもそんな事より、昨夜から練習していた言葉が頭を巡り、喉から飛び出そうなぐらい速い心臓を、飲み込むのに必死だった。
ごくん。
少しの沈黙の後、僕は意を決して口を開いた。
「な、なあ? かや……」
バッシーン!
突然振り向いた彼女の平手打ちが、右頬に炸裂した。じんじんと熱い痛みが頬を蝕んでいく。
「もう!たっちゃんなんて嫌い!!」
「……えっ?」
目の前で涙を零す彼女。
意味が分からなかった。
「だって、この前違う女の子と歩いてたでしょ? 知ってるんだから! すんごい可愛い子だった。私なんかより可愛い顔してた。別れたいなら、早くそう言えばいいのに! 」
体を震わせながら、うわわん!と泣き出す彼女。違う女の子? もしかして、この指輪を買う時に歩いていた女友達かな? どんなのがいいのが分からないから、買いに行くのを付き合ってくれただけ。まさか、かや乃に見られていたなんて!
「あのさ、その子は……」
彼女の濡れた瞳は、きつねみたいに吊り上がって憎しみしか感じないように見えた。
「たっちゃんなんて大嫌いよ!!もう顔なんて見たくない!!一生見たくないんだから!!」
彼女は勢いよく立ち上がると、今度は僕の左頬に拳を炸裂させた。小さな拳が頬にめりこんだ。意外な馬鹿力に顔が歪んでしまい、しばらくの間体を丸めて痛みに耐えてしまっていた。
だから、顔を上げた時にはもう、彼女の姿はなかった。
紅い満月に浮かぶ彼女の泣き顔。
それが脳に張り付いたまま……次に目を覚ますと、僕の目の前には、真っ赤な生々しい血潮が広がっていた。
その上には、首が千切れた状態の死体が、だらしなく寝転んでいる。
「うわぁぁぁぁぁーーー!!!」
僕は急いで駐車場まで走り、自分の車に乗り込んだ。ヒェッヒェッと荒くなる息。静まらない鼓動。
何なんだ?!
あれは?!
気持ちを落ち着かせようと、胸に手を当てて、肩を上下させた時、フロントミラーに赤い何かが映り込んだ。
えっ?
恐る恐るミラーを覗くと、そこには見慣れない顔と共に、真っ赤な血塗れになった口元が映る。
舌を出して舐めてみると、鉄分の味が口内を支配した。
血、血だ!!
そして、この顔は誰だ?!
僕はこんな顔をしていない!
誰かも分からない顔のラインをなぞりながら、記憶を思い出していく……。
曖昧だった記憶が、パズルのピースをはめこむように鮮明に甦ってくる。
バタバタ走り去る靴音。
その背中を追いかける。
後ろから抱きかかえるように、その体にしがみ付く。
大きな口を開け、その黒い頭部にかぶり付く。
血肉をすり潰す音が脳の中に響く。
そして、頭がない体が草むらに崩れ落ちていった。
僕はゴクリ、と喉を鳴らすと、口元を手の甲で拭った。赤黒く染まる手を見て、ようやく何が起きていたのかを思い出す。
あぁ……僕は、近くにいた男の人の頭を食べてしまったんだ。そしたら、脳内に表示された
〝Now Loading…〟の文字。
そして、今僕の顔は、その食べた人の顔に変化している。彼女に振られ、彼女に一生顔を見たくないと言われたからだろうか。
なぜか僕は、男の人を襲って顔だけを食べて殺し、自分の顔を丸ごと変えることが出来るようになってしまったみたいだ。
***
そして僕は、彼女を取り戻すために、彼女好みの顔を探した。何日も何日もかけて。
彼女の顔の好みは知っていた。街中にはなかなかいない。だから、僕は思い付いた。
いつも彼女がキャーキャー!言っていたあの有名な俳優さん。
今話題の映画やドラマに出演している彼。
彼の顔になれれば、きっと彼女は、僕をまた愛してくれるはずだ。
きっとそうだ。そうに決まっている。
だから、彼を調べに調べ、居場所を見つけて待ち伏せをした。
そして……今、
彼女の部屋の前に僕はいる。
彼女の好きな顔になり変わって。
彼女の喜んだ顔が浮かぶ。それだけで口元が緩む。幸せな気持ちになる。
「かや乃……僕をまた愛してくれる?」
部屋のインターホンに指を伸ばした。
〈つづく〉
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