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2.賢明な彼女と愚かな僕
人の賢明さは学校の成績では測れないものだ。
自己中心的で、無責任で、人の気持ちなど考えたことのない僕は、学校の成績はよかった。
いつもみんなに慕われ、責任を持って学級の仕事をこなし、思いやりとけじめのある春香の成績はふるわなかった。
彼女と二人きりになるとからだの奥から性欲が滲み出てきていやらしい妄想や言動に終始してしまう自分は子どものように幼く、そんな僕を前にしても気品とけじめを失わず、手綱をうまくさばきながら、気持ちを伝えることを忘れない彼女はやはり大人だった。
春香は地元の食品会社に就職が決まり、僕は東京の大学に受かった。
今まで毎日学校で、そして時々はどちらかの部屋で会っていた僕らに残された時間はわずかだった。
正直言うと、大学なんて本当は興味がなかったのだ。みんなが大学に行くから僕もそれに倣っただけ。経済学部に入ったのも特別理由があったわけではない。偏差値に見合ったところを選んだに過ぎない。
大学なんかより、春香と一緒にいることの方が僕の人生では大事だと思った。
こんなにかわいく、明るく、ちょっとだけ脂肪の乗りがよく、僕の好みにピッタリの女の子は、東京には絶対にいないと思った。春香を東京に連れて行きたかった。彼女さえいれば僕は一生懸命勉強する。そして立派な会社に就職して見せる。からだだけ成熟して中身は空っぽな自分を、知識や経験や資格、それにおおらかさや優しさや思いやりで満たして彼女に認めてもらい。
春香を置いて行ってしまったら、溢れんばかりの魅力をもった彼女のことだから、すぐ新しいオトコが回りに群がって来るだろう。
――ピンチだ。
僕は高校三年間で彼女に決してかっこいい姿だけを見せて来れたわけではない。僕の短所を彼女は知っている。穢い性欲を持て余していることも知っている。頭だけはちょっとはいいかもしれないが、自己中心的で閉鎖的であることも知っている。
社会経験のない僕は、彼女が今後会社で出会うであろう男たちに比べ、何一つ取り柄のないことを知っている。賢明な彼女にはきっと競争社会で鍛え抜かれた年上の男性がお似合いだ。
――悔しい。
いつの間にか劣等意識と自己嫌悪に陥っていた。
春香を独占したいという思いは脳の中だけにとどまっているものではない。他の男の出現というシチュエーションも妄想だけに留まるものでもない。そこから発生する被虐性を持つフラストレーションはからだの奥底に居座る肉欲をむごたらしく刺激するのだった。
部屋で自慰にふけりながら決意を固めた。
――東京へ行く前に彼女をなんとしても僕のものにしなくては……。
彼女を愛するからこその行為だ。「愛」に裏打ちされた行動であるなら彼女は許してくれるのではないだろうか。僕だって男女関係をもったことないのだから、その行為はそのまま彼女への献身となるはずだ。
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