第二話 苦くて甘い毒

2/4

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
 とりあえず、周囲を見まわす。不審な行動をとる人物はいないだろうか?  いた。あまりにもわかりやすく青くなっている。  倒れたダンサーの仲間だ。舞台衣装の少女の一人がガタガタふるえている。友人が突然死すれば、誰だってうろたえるものだが、その少女のおびえようは尋常(じんじょう)ではなかった。 「ちょっと、いいか?」  腕をひっぱって、すみまでつれていくと、ワレスは小声で問いつめた。 「おまえ、名前は?」 「アメリー」 「アメリー。聞くが、仲間を殺したのは、おまえじゃないよな?」  年端も行かない少女だ。それだけで限界だったようで、ワアッと大声で泣きだす。 「あたしじゃ……あたしじゃないんです。あたしはただ、グラスを交換しただけ」 「グラスを?」 「セシルが……そっちのほうが美味しそうって言って」 「セシルというのは、倒れた女の子だな?」  アメリーはうなずく。  つまり、こういうことのようだ。  セシルが倒れる少し前に、彼女たちは喉がかわいたので、みんなで果実水をもらった。  そのとき、一つグラスがたりなかった。アメリーはテーブルの上に置かれたグラスを見つけ、それを飲もうとした。  なかには赤い色のとてもキレイな液体が入っていた。なんとなく高級そうな飲み物。  それを見たセシルが、自分もそっちのほうがいいと言った。アメリーは快くグラスを交換した。すると、それを飲んだセシルが倒れたというわけだ。 「テーブルの上に置いてあったんだな? どこだ?」  少女はその場所へつれていってくれた。給仕係がついている壁ぎわのテーブルのすぐ近くだ。  ただし、丸テーブルではなく、壁に造りつけのコンソールテーブルである。壁の一部がへこんでいて、そこに花瓶(かびん)や彫像、または燭台(しょくだい)などを置くための飾り台がある。そのことだ。 「まわりに誰かいなかったか?」  アメリーは首をふった。 「いたかもしれないけど、おぼえてない」  それはしかたないか。  まだ十三、四だ。  豪奢(ごうしゃ)な夜会に招かれて浮かれていただろう。夢心地でまわりのことなんて、気にとめてなかったに違いない。  しかし、そうなると、狙われていたのはセシルではなかったことになる。セシルはたまたま運悪く、毒入りの酒を飲んでしまっただけだ。本来は別の人間が殺されるはずだった。  となると、誰がそんな場所に毒を置いていたのか?  自分が飲むため?  それとも、他人に飲ませるため? (変だな。毒入りのグラスを放置したまま、遠くへ行くわけがないんだが)  とは言え、毒杯を誰かに飲ませるとき、ちょくせつ、そのグラスを相手に渡すのは、あまりにも愚かな行為だ。あとで役人に調べられたとき、犯人がすぐにわかってしまう。服毒させたのが誰なのか、推測できない細工をして飲ませるはずだ。  まあ、かんたんなところでは、給仕係を買収するとか。  ワレスはチラリと給仕係を見た。ワレスと目があって、給仕はあわてて顔をそむける。怪しい。  ツカツカとハイヒールのサンダルを鳴らして近づいていく。給仕の青年の頬が赤くなる。ワレスの美貌は男女の別なく、相手をまどわせる。そのことを自身、熟知していた。 「ここで飲み物係をしてるんだよな?」 「は、はい」 「誰かに毒を盛れ、なんて命令されてないよな?」 「ま、まさか、そんなこと」  そのわりに動揺が激しい。  冷や汗がひたいに浮かんでいる。じっさいに毒の手配をした可能性がある。 「カヴァリエ侯爵家に仕えて長いのか?」 「は、はい。親の代からなので、私は十二年になります」 「ふうん。侯爵家のみなさまはお優しい?」 「はい。もちろん」 「とくに、奥さまは?」 「…………」  黙りこんだ。  ワレスを見る目に安堵(あんど)が感じられたので、これは外したとわかる。しかし、今ので確信した。給仕係は侯爵家の誰かに頼まれて、飲みものに毒を仕込んだに違いない。それも奥方以外の誰かだ。  実行犯はわかった。ただ、黒幕がいる。給仕を責めたところで、さすがにそこまでは口を割らないだろう。 「ところで、そこのコンソールテーブルに、死んだ女の子が飲んだ酒が置かれていたんだ。ついさっきまでだ。誰がそこに置いたか知らないか?」  給仕は首をふった。  それ以上は一言もしゃべらない。  いったん、ひこう。  もっと押すには証拠が必要だ。せめて指示した人物の見当くらいはつけたいところ。  あらためて、周囲の人々を観察する。パーティーで人が死んだのだから、みんな青い顔をしている。そのなかでも、とくに挙動のおかしな人物が数人いた。  そもそも、主催者の侯爵夫妻がともども、妙な顔をしている。二人とも驚愕(きょうがく)するというよりは、あぜんとした顔つきだ。それに、侯爵夫人の甥。あきらかに狼狽(ろうばい)している。  ワレスはセドリックのもとへ近づいていった。よく見ると、そばに女の子がいる。セドリックより二つ三つ年下だろう。死んだダンサーと同年代だ。それに、ダンサーたちより豪華ではあるが、踊り子のヒラヒラした衣装を身につけている。  ワレスは手近に立っていた手妻師に声をかけた。 「ジェルマン。あの女の子、誰だか知ってるか?」  ジェルマンは大道芸人だが、ひじょうに腕がいいので、よく貴族のパーティーに招かれている。  声をかけたものの、返事がなかった。見ると、呆然としている。ワレスは彼の肩に手をかけ、ゆすってみた。 「ジェルマン?」 「あっ、ああ?」  声をかけると、おどろいた顔をして我に返る。  ここにも不審な人物がいた。  このパーティー。殺人者の集まりなのか?
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加