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とりあえず、周囲を見まわす。不審な行動をとる人物はいないだろうか?
いた。あまりにもわかりやすく青くなっている。
倒れたダンサーの仲間だ。舞台衣装の少女の一人がガタガタふるえている。友人が突然死すれば、誰だってうろたえるものだが、その少女のおびえようは尋常ではなかった。
「ちょっと、いいか?」
腕をひっぱって、すみまでつれていくと、ワレスは小声で問いつめた。
「おまえ、名前は?」
「アメリー」
「アメリー。聞くが、仲間を殺したのは、おまえじゃないよな?」
年端も行かない少女だ。それだけで限界だったようで、ワアッと大声で泣きだす。
「あたしじゃ……あたしじゃないんです。あたしはただ、グラスを交換しただけ」
「グラスを?」
「セシルが……そっちのほうが美味しそうって言って」
「セシルというのは、倒れた女の子だな?」
アメリーはうなずく。
つまり、こういうことのようだ。
セシルが倒れる少し前に、彼女たちは喉がかわいたので、みんなで果実水をもらった。
そのとき、一つグラスがたりなかった。アメリーはテーブルの上に置かれたグラスを見つけ、それを飲もうとした。
なかには赤い色のとてもキレイな液体が入っていた。なんとなく高級そうな飲み物。
それを見たセシルが、自分もそっちのほうがいいと言った。アメリーは快くグラスを交換した。すると、それを飲んだセシルが倒れたというわけだ。
「テーブルの上に置いてあったんだな? どこだ?」
少女はその場所へつれていってくれた。給仕係がついている壁ぎわのテーブルのすぐ近くだ。
ただし、丸テーブルではなく、壁に造りつけのコンソールテーブルである。壁の一部がへこんでいて、そこに花瓶や彫像、または燭台などを置くための飾り台がある。そのことだ。
「まわりに誰かいなかったか?」
アメリーは首をふった。
「いたかもしれないけど、おぼえてない」
それはしかたないか。
まだ十三、四だ。
豪奢な夜会に招かれて浮かれていただろう。夢心地でまわりのことなんて、気にとめてなかったに違いない。
しかし、そうなると、狙われていたのはセシルではなかったことになる。セシルはたまたま運悪く、毒入りの酒を飲んでしまっただけだ。本来は別の人間が殺されるはずだった。
となると、誰がそんな場所に毒を置いていたのか?
自分が飲むため?
それとも、他人に飲ませるため?
(変だな。毒入りのグラスを放置したまま、遠くへ行くわけがないんだが)
とは言え、毒杯を誰かに飲ませるとき、ちょくせつ、そのグラスを相手に渡すのは、あまりにも愚かな行為だ。あとで役人に調べられたとき、犯人がすぐにわかってしまう。服毒させたのが誰なのか、推測できない細工をして飲ませるはずだ。
まあ、かんたんなところでは、給仕係を買収するとか。
ワレスはチラリと給仕係を見た。ワレスと目があって、給仕はあわてて顔をそむける。怪しい。
ツカツカとハイヒールのサンダルを鳴らして近づいていく。給仕の青年の頬が赤くなる。ワレスの美貌は男女の別なく、相手をまどわせる。そのことを自身、熟知していた。
「ここで飲み物係をしてるんだよな?」
「は、はい」
「誰かに毒を盛れ、なんて命令されてないよな?」
「ま、まさか、そんなこと」
そのわりに動揺が激しい。
冷や汗がひたいに浮かんでいる。じっさいに毒の手配をした可能性がある。
「カヴァリエ侯爵家に仕えて長いのか?」
「は、はい。親の代からなので、私は十二年になります」
「ふうん。侯爵家のみなさまはお優しい?」
「はい。もちろん」
「とくに、奥さまは?」
「…………」
黙りこんだ。
ワレスを見る目に安堵が感じられたので、これは外したとわかる。しかし、今ので確信した。給仕係は侯爵家の誰かに頼まれて、飲みものに毒を仕込んだに違いない。それも奥方以外の誰かだ。
実行犯はわかった。ただ、黒幕がいる。給仕を責めたところで、さすがにそこまでは口を割らないだろう。
「ところで、そこのコンソールテーブルに、死んだ女の子が飲んだ酒が置かれていたんだ。ついさっきまでだ。誰がそこに置いたか知らないか?」
給仕は首をふった。
それ以上は一言もしゃべらない。
いったん、ひこう。
もっと押すには証拠が必要だ。せめて指示した人物の見当くらいはつけたいところ。
あらためて、周囲の人々を観察する。パーティーで人が死んだのだから、みんな青い顔をしている。そのなかでも、とくに挙動のおかしな人物が数人いた。
そもそも、主催者の侯爵夫妻がともども、妙な顔をしている。二人とも驚愕するというよりは、あぜんとした顔つきだ。それに、侯爵夫人の甥。あきらかに狼狽している。
ワレスはセドリックのもとへ近づいていった。よく見ると、そばに女の子がいる。セドリックより二つ三つ年下だろう。死んだダンサーと同年代だ。それに、ダンサーたちより豪華ではあるが、踊り子のヒラヒラした衣装を身につけている。
ワレスは手近に立っていた手妻師に声をかけた。
「ジェルマン。あの女の子、誰だか知ってるか?」
ジェルマンは大道芸人だが、ひじょうに腕がいいので、よく貴族のパーティーに招かれている。
声をかけたものの、返事がなかった。見ると、呆然としている。ワレスは彼の肩に手をかけ、ゆすってみた。
「ジェルマン?」
「あっ、ああ?」
声をかけると、おどろいた顔をして我に返る。
ここにも不審な人物がいた。
このパーティー。殺人者の集まりなのか?
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