楽園追放

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楽園追放

出会いの奇跡を僥倖というなら降って湧いた不幸をなんて呼べばいいのか。 奇跡にまつわる台詞は山ほどあるが金言扱いに違和感をおぼえる。 だって制御できない。天候もだ。 風速40mの超大型台風が吹き荒れる夏の夕方。ざぁざぁと窓ガラスが津波のような雨に洗われている。 強風波浪警報、大雨警報、暴風警報が出され公共交通機関も止まっている。 普段なら定時帰りの会社員で賑わうこの店も死んだように静まり返っている。 帰宅難民となった当店のマスターこと只野咲花(ただのさっか)は暇を持て余していた。 そしてあまりに退屈なあまり上記のようなしょうもない疑問を呟いたのだ。 迎えに来てくれる家族も彼氏もいない。常連客とはプライベートで交流しない主義の咲花だ。 一人さみしく景色を眺めている。退屈を埋める無言の惨劇。カネノナルキの向こうで大型モニターが歴史を反省している。1968年のチェコ解放運動。 「私の小説はブラバの冬だぁ…」 雨脚が激しくなる。 「何でこんなバカな事いってるんだろう、わたし」 ブラバとはブラウザーバックの略だ。常連客達が良く話題にしている。 小説の投稿サイトであまりにつまらない作品に遭遇した時の動作をブラウザバックというそうだ。 文字通りウェブブラウザーのバックボタンをクリックして前画面に戻る。 つまり、閲覧を中断し、その作品を読まなかったことにする。 常連客達は投稿サイトの常連でもあるらしかった。 只野咲花は小説やコミックの類に興味がない。むしろK-POPやジャニタレの追っかけで忙しい。 音の出ない小説を読むぐらいだったら推しメンバーのMVを観てニヨニヨしていたい。 その時、どこかから声がした。「まいど! プラハの嵐です」 いきなり女の声。咲花はお客さんだろうか、と玄関ドアを見やった。誰もいない。 気のせいかしら、と店内を見回すとカウンターに黒いスマホが置いてあった。お客さんの忘れ物だろうか。 それが「まいど」を連発している。「もしもし?」 咲花は通話ボタンを押した。 「はい、もしもし私、只野咲花です」 「今、どこ」 抜けるように透き通った女の声。歯切れよい。テレビ業界の人間だろうか。 「こちら神保町の喫茶ふらわぁです。お客様はスマホをお忘れではありませんか?」 咲花は発見した経緯と預かっている旨と相手の現在位置をたずねた。 「ここ。プラハの嵐でございます。私は…折り返しお電話いだけますか?」 「ちょっと待った、私に電話かけて来い、とおっしゃるのですか」 ずうずうしい落とし主だ。 「それもそうですね。じゃあ、はい」 「ご都合がよろしい時にご来店ください」 大雨警報が出ている。車で乗り付けるにしても危険だ。どのみち受け渡しは明後日になるだろう。 「ああ、はいはい、ごめんなさい、じゃあ、今からそっちに向かうので」 通話ボタンを押すより早く咲花は扉に隠れた。外に居る誰かに見つかる前に逃げ出したい。 生きた心地がしない。この日は玄関口に植木鉢を並べカウンターの裏で息をひそめるように過ごした。冷蔵庫の中身を空っぽにして身体はおしぼりで拭いた。 翌日は台風一過の後片付けという口実で臨時休業した。地デジが被害状況を伝えている。山手線は架線が切れたり土砂崩れで終日運休。アパートに帰る気がしない。 ボックス席で寝ているとカウンターのスマホが鳴った。 プラハの嵐とは最近の流行りの曲で、歌っているのは若い女性だ。 テレビで「私はプラハの嵐です♪」と笑うと、咲花の心臓がバクンと大きく跳ねる。 この女性こそが世界の救世主と言われている、咲花は感じた。 彼女はプラハの嵐。その名前を知らない者はもちろん、いない。あの曲が好きじゃない人もあまり聞いたことがない。 「あなた、そういえば…ああら、いやだ。あたしとしたことが」 咲花は昨日の非礼をわびた。赤丸急上昇中の女性シンガーがいつの間にかお忍びで常連客になっていたのだ。台風上陸でテンパってたせいですっかり失念していた。 プラハの嵐とブラバの嵐うんぬんは彼女の持ちネタだ。 「私は貴女の店を応援しますよ」 超有名人がカラコロ♪とカウベルを鳴らしに来た。 女性の笑顔が咲花の耳から離れていく。咲花と女性はつないだ手をぎゅっと握りまくる。 「ありがとう」 「いいえ」 咲花は顔が赤くなりつつも、心の中では笑っていた。 「今度はわたしがあなたをおもてなしする番ね」 プラハの嵐は咲花を事務所に招待してくれた。 「お迎えに上がりました。プラハの嵐は事務所で待機しております」 人形のように色白で無表情な黒髪美人がインプレッサで迎えに来た。 インドア系に見えてブリーチアウトのデニムミニスカート。健康なのかメンヘラなのかわからない。車は靖国通りをまっすぐ進み両国橋を渡って京葉道路に入る。 そして、ももんじやの裏で止まった。 咲花は女性の後をついて行く。いつもいつも人気のない道を選ぶ。 女性は咲花の後を見ながら黙ってついて来る。 人気のない雑居ビルの中腹、入口の鍵を閉める。 二階、三階の芸能事務所と四階の住居を合わせて四階建てのビル。この一階にはお店が一つしかなく、一階の受付を行っている女性は咲花の姿を見た後にその場を去った。 地下にお酒を出すラウンジがあるようで女性は階段を降りて行った。 お店の一階、事務所の一階に通された咲花はテーブルから顔を上げた。白く滑らかな指先。 「今日、お仕事ですか?」 いつもの女性。空気のように喫茶ふらわぁに咲いている。今日は常連客の顔だ。 咲花はそう思いつつ訪ねた。 「はい。仕事中ですけど、お話がしたいの」 彼女は脚本を閉じた。 「お話って」 急に振られて困る。呼び出したのはそっちのほうだろう。 「私は貴方の事が好きです」 お店の中、女性はカウンターに向かって椅子から立ち上がる。 咲花は席を離れ、後を追う。相手はすたすたと受付に行く。 「すいません」 咲花は背後から声をかけた。 「ん? 何かしら?」 ガサガサと女性は引き出しをまさぐっている。 「わたしはお話をしにきたのでは?」 呼び出しておきながら放置する。咲花は芸人という生き物がわからなくなった。 「咲花さんのこと、好きですよ」 「ええ、そうなの」 「うん……」 プラハの嵐は子供のように頬を紅潮させた。 「え、本当ですか?」 「本当よ」 「本当に、ですか」 「はい、本当です」 「本当?」 「はい、本当です」 「本当なら嬉しいわ。でも、なんで今なの?」 咲花はそろそろ帰りたくなった。お人形のように弄ばれるのは嫌だ。 「はい、私はそろそろ次の仕事が決まる予定なので、ちょっと遅くなってしまいました」 「え……あ、そう……」 近況を報告するために呼んだのか。 「はい。でも少しでも時間ができたので早めに来て下さっただけでも感謝です」 凡人をスカウトしてくれただけでもありがたい。 「ありがとうございます……」 そろそろ辞去しよう、と咲花は真剣に考える。 「まあ、もう時間だわね。それに仕事が忙しいのにわざわざ来てくれたのに、こんな事をして少し驚かせたようね」 「そ、そんな事はないですよ、プラハの嵐さん。それを言えば……」 スマホの礼をまだしてもらってない。 「私、誰かにお願いされたことないのよ」 「ああ、そうでしたね」 「ええ。だからあまり詳しく知らないの」 「そんな、どうしてですか?」 「私は甘え上手が好きなの。頑張り屋に必要なスキル。甘えさせるのも教育の一環。」 「そんな……」 咲花は絶望した。デニムミニの女はコレクションの一人だったのか。 「私はそれが良いと思ってる。だからきっともっと上手くやれるよ」 「そう……ですか……」 「ええ。だから、これでも頑張りたいんだけど」 「あの……プラハの嵐さん、わたしそろそろ」 玄関に向かおうとして懇願する目線に咲花は絡めとられた。 「お話がある時って時間がないんだよね」 「はい……」 だから、さっさと要件を言え。 「そうよ。だからせめて貴女にはちゃんとお仕事を頑張ってほしいわ」 「す、すみません、あたし、本当に……」 「だから……うん」 プラハの嵐の白魚のような指が署名欄をツンツン叩いている。 芸能プロダクションの契約書、案内書、注意事項、そして番組の台本らしき書物。 咲花にとって青天の霹靂だった。 「はい……」 「ありがとう!」 「いえ……」 「ふふっ、でも、そう言う意味じゃないからね?」 「……」 どういう意味だろう。 「そういえば、貴女は何処に住んでるの?」 「え……」 「いや、それは流石に個人情報」 と、その時。壁越しに怒鳴り声が聞こえてきた。 物凄い剣幕だ。 「うるせぇよ」 「俺のプラバはブラバの嵐だ」 「お前のブラバはどうだ」 「俺のブラバはこうだ!」 延々と不毛な議論が続き「どうも~」と締めくくった。 咲花はずっと聞き耳を立てていた。 「あの人たちは何なんですか?」 プラハの嵐はポツンと一言。「人じゃないわ」 「えっ…」 咲花は首を傾げ少しばかり考え込む。そして思い出した。「ああ、物まねをする動物ですか? 鳥とか」 「ペットでもないわ。機械よ」 プラハの嵐は素っ気ない。「隣は機械室よ」 それはどういうことなのか、と言うまでもなく案内された。 扉を開けると真っ暗な応接室は誰もおらずLEDがほんのり2つ灯っていた。 「あ…KONOZAMA HELLO…」 咲花は拍子抜けした。常時接続型スピーカーがのべつ幕無しに喋っている。 対するはGyaaOHoo Kennel。ライバルの検索エンジン企業が売り出し中のスマートスピーカーだ。互いが罵りあっているのだ。 「電気代がもったいなくありません?」 咲花はプラハの嵐が理解できない。 「ああ、あれはね。ああやって相方を養殖してるの」 「よ、養殖?」 その言葉にプラハの嵐は目尻をきらめかせた。 「…そう。わたしね…末吉興業の第8世代なの。粗製乱造とか劣化コピーとか散々いわれた世代よ。私はピンで生き残るためになんでもやった。同期はみんな脱落した」 だからと言ってスマートスピーカーを競わせるなんて。 彼女は耐え切れずシクシクとスカートを濡らしはじめた。 聞けば涙抜きには語れない世代だ。個人事務所を設立してやると甘い誘いに乗って架空債務を含め莫大な借金をこさえられた。彼女は懸命に営業して利子を払い続けたがそれも何度目かの不況で立ち行かなくなる。夜の商売を考えたこともあった。 しかし、彼女は芸で身を立てようと病死した母に誓った手前、爪に火を点すような暮らしをしてようやく売れないながらも仕事が軌道に乗り分割払いで完済に近づいている。それもこれも有形無形の支援があってこそだ。昔取った杵柄がある。末吉養成所時代に愛嬌をふりまいていたおかげだ。 「わたし、ね。絶対に後ろ暗い事だけはやるなって母に言われたの」 プラハの嵐の母親は人格者だった。まず元夫を責めなかった。養育費を滞らせたまま新しい女と心中した。それでも彼女は恨み節ひとつ言わなかった。 「母は言いました。貧すれば鈍する。それだけは絶対にするな。どんなに困っても正しい行いをして笑顔でいれば世間が救いの手を差し伸べてくれる。後ろ暗い事をすれば顔が曇る。そして怯えて暮らすようになるの。そうなったら疑心暗鬼に陥って誰も信じられなくなる。救世主すらね。それに最後はお天道様が見てるから」 その言いつけをしっかり守り、身体や仲間を売るような真似をせず、モヤシを啜って生きて来た。 「反社勢力の闇営業をしたり薬を売った子もいるわ。どうなったかニュースでご存じ?」 「ええ…少し…は」 余りに重たい話で咲花も覚えていない。興味すらわかなかった。闇の深い話は嫌いだ。 「それであの子たちを相方にしてしゃべくりを磨いてきたの。今はお歌の仕事が増えちゃって」 プラハの嵐は洗いざらいぶちまけたらしく仏のような顔に戻った。 ●二人の関係 「えっ、そうなんですか」 「お客様は神様ですって過剰に誤解されてる。持ちつ持たれつ、というのがあたしと客席の距離感。オッケー?」 「えっ、そうなの?」 「じゃあ、練習ね。お客様は私が隣に座るわ」 「うん、ありがとう」 プラハの嵐は咲花の反応を楽しんだろうか。 やがてプラハの嵐は席を置き、その隣にある部屋へ行く。 広さのない空間には大きな機械がひとつ。 「私がここに座るわ、一緒に歩くわ。だからゆっくり行きましょう」 「は、はい…」 プラハの嵐は咲花を誘導する。自分が咲花を誘わなければ彼女が断ると考えたからだ、と彼は言った。 「これが私の案内役、ここが私のお客様窓口、ほら、さっさと行くわよ」 プラハは咲花を誘導すると咲花の横にぴったり寄り添うようについてきたではないか!咲花は息を呑む、その吐く空気ですら彼女に聞かれそうだ、と思うほどだ。プラハはその緊張した様子を楽しむようにゆっくりと歩いてくる。 やがてエレベーターの前で咲花は足を止めると「どうした?」と訊かれたので慌てて乗った。 地下へのボタンは無いが、ウィーンと動き出した 咲花は恐怖で胸が張り裂けそうだった。何しろこれから起こる事は決まっている、自分の意思では抗えない事が分かっている。そして、その先に待ち受ける出来事にも。 エレベーターが止まった途端に突き飛ばされるように外へ放り出された咲花は尻餅をついた。 その目の前に立つは大天使ラファエルだ。咲花と目を合わせ微笑みかけると手を取り引っ張って立ち上がらせてくれた、その時、ドアが閉まった、ウィーンという音と共に再び上昇を始めるエレベータ。 今から何が起こるのか、想像するだけで恐ろしいことだ、と思わせるための演出だ。だが、これは現実だ。この後起きることから逃れることは叶わない。咲花は震えあがった、そして思った、自分はこの先、一生こんな目に合うのか、嫌だ。助けてくれ。 エレベーターの速度がゆるまる、扉が開く、そこに待ち構えるのは…… 「さぁ、着いたわ」 プラハの嵐が言うと咲花は「はい」と小さく返事をした。 そこは一面ガラス張りの箱だった。咲花はプラハの嵐の後に続いた。 「ここでね、お客様の悩みを聞くのよ」 プラハの嵐の言葉に咲花はハッとした。まさか、そんなことが……? 「あの……ここはどこですか?」 「どこだと思う?当ててみて」 「えっと……占いとかカウンセリングとか……?」 「違うわ」 「じゃあ……あそこ」咲花は指差した。 それは壁の向こう側、つまり隣の部屋だ。 プラハの嵐は咲花の腕を掴んで引き寄せると耳打ちした。 それは咲花にとって最も聞きたくない言葉だった。 咲花は全身が硬直した。 それは死刑宣告だ。しかし咲花は気丈に振舞おうと心に決めた。なぜなら、そんなことを口にしたのはただの嫌がらせ、彼女にとっては挨拶代わりのジョークだ。 それを聞いて咲花は怒りにふるえた、しかしそれを表情に出してはまずい。それは彼女を逆なでしてしまうことになる。 深呼吸をする咲花はふと横のプラハの嵐を見ると目が合いニッコリと微笑まれた、その笑みの何と優しいことだろう。まるで母親みたいに慈しみに満ちた笑み。それが逆に怖い。 (私もプラハの嵐になればあんな風になれるかな……?) 一瞬とはいえそんな思いが頭を過る、だがすぐ我に返った。彼女は何を考えてるんだ。相手は人外なんだぞ?人間を家畜同然の扱いをしている悪魔だ。彼女は自分を戒めた、それはプラハの嵐に対して申し訳ない気持ちになったのだ。 やがてプラハの嵐は語り始めた。私はあなたのことを何も知らない。知っているのは名前だけ、生年月日と血液型くらいよ、あなたには両親がいないのよね?お兄さんとは年が離れていてお父様はお母様と駆け落ち、お母様は亡くなった、それであなたが借金を抱え、家族をバラバラにしてしまった、それでお母さんのお葬式もできないのね。可哀想に……。大丈夫、安心して、もうすぐ楽になる。わたしが助けになってあげるわ。 プラハの嵐の語る内容に咲花は戦慄した。すべてを知っているじゃないか、どこまでもこちらの心の内を読み切ってやがる、その目はマジックミラー越しに隣にいる咲花を見据えているのだろうか。 咲花は考えた、ここから逃げる方法を。 しかしプラハの嵐の言葉を聞き続けた咲花はその考えを止めた。いや、止める他なかったのだ。彼女は続けた。わたしが何とかしてあげなくちゃいけない。そうしなければみんなが不幸になる。わたしが、やらなくちゃ…… わたし、プラハの嵐になりたい。 わたしプラハの嵐、もういい、疲れたの。 わたしプラハの嵐、わたしプラハの嵐……。そう呟いてわたしの頬に手を添える彼女は聖母のように穏やかだ。 咲花は思う、きっとプラハの嵐は自分の事を本当に大切にしてくれていたのだと。彼女はそう信じた。 やがて咲花は全てを受け入れた。 やがて彼女はこう呟く。 わたし、プラハの嵐になりたい そうすればみんなが救われるのなら、と咲花は涙ながらに答えた。 「ああ、ありがとう。嬉しいわ」 こうして、二人の物語は幕を閉じた、ハッピーエンドだ。めでたしめでたしだ、めでたくなんてない、だけど誰も傷つかずに済んでいるのも確かだ。でも咲花にはまだ続きがあった、まだ終わってはいなかった、咲花の人生が、人生という名の舞台がだ。 しかしそれもまた悲劇に終わるだろう、結末をご存じの皆様もご存じないだろう方々もご清聴願えるとありがたい。 その後彼女は客引きの仕事を辞めてプラハの嵐の助手として働き始める。最初は戸惑っていた彼女もプラハの嵐の真摯な姿勢に心打たれたのだろう。 二人はコンビを組み様々な場所へと赴いた。時には大掛かりなセットでコントもこなした、時には地方巡業にも赴きその土地の有力者とパイプを作る事に成功した、時にラスベガスへ遠征してショービジネスの世界に切り込んでいった。その功績が認められプラハの嵐はとうとう世界中を飛び回るようになった。 その傍ら、咲花は常にプラハの嵐の横でサポートしていた。そして彼女のお腹の中に新たな命が宿った時、咲花は「これで自分も幸せになれる」と確信して喜んだ、プラハの嵐もその事はとても喜んでいた。 ある日の事、楽屋を訪れた咲花はマネージャーからプラハの嵐がステージの途中で倒れたという報せを受けた。すぐさま駆けつけた咲花をプラハの嵐は笑顔で迎えた。 「さすがに歳かしらね、そろそろ引退するべきかしら」 咲花は首を横に振り、その言葉を何度も繰り返し否定した。 咲花の目からは自然と大量の涙が溢れ出し、嗚咽も混じっていた 「あなたにだけは迷惑をかけたくなかったわ」 「いいえ、どうもありがとう」 その一言でプラハは晴れた。 嬉しそうにはにかみ、そして優しく咲花の背中を摩った。その顔はまるで母親のようだった 咲花は泣き崩れた、そんな咲花を愛おしそうに見つめるプラハの嵐の目に光るものが見えた。 プラハの嵐もまた泣いていた。 やがて二人は抱きしめあい、お互いの存在を噛み締めるようにキスをした。 それはとても長く、深く熱い口づけだった…… ● 二人一緒は期間限定 「あの子はどうなる?」 それを聞いて咲花は兄を連想した。処遇を憂うってどういう意図だ。 理解に苦しむ。 プラハは我が子を愛でる母のような顔をしている。 この人の夫はきっといい父親になるだろう。しかし咲花の兄に対する真意は測りかねた。 やがて咲花は察した、自分はプラハの嵐と一緒に居てはいけない存在なのだ、彼女は自分がここに居ることで誰かに危害を加える事になると悟った。 やがて咲花は意を決したように言った。 「プラハの嵐……」 咲花は刮目して静かに名を唱えた。 その瞳には覚悟と決意が込められていた。 ゆっくりプラハと向き合った。 私は居てはいけない子。 あなたの夢まで壊すから。それは本意じゃない。 どうかわかって。でなきゃ、貴方のために憎まれるしかない。 咲花はぺこりと頭をさげて消えようとした。 しかしプラハが腕をつかんだ。 「咲花ちゃん!」 咲花は振り返ると「離して。私は要らない子」と叫びプラハの胸に阻まれた。 ぎゅうっとハグ。 咲花は何も言えない。 プラハが離れた時、目じりがきらめいた。 プラハの嵐は思った、夢の糧をくれた子を自分のわがままで引き留めたくない。 「生まれてこなきゃ良かった」が咲花の捨て台詞になった。 咲花は駆け出す。涙が後を引き、プラハの声を置き去りにしていく。 悔しかった反面、一期一会がむしょうに嬉しく、限りなく寂しい。 私は愛しすぎたのだ。依存症だ。だから利達が辛い。 無機的な別れに感情の津波が追いついた。 胸の奥が決壊し、もう嫌だと悲鳴を上げながら走った。 いつのまにか自宅の玄関に立っていた。 玄関の扉を開けて部屋に入る、部屋着に着替えるとベッドに倒れ込んだ。 咲花は思う、プラハの嵐の事は忘れようと。 しかしそれは無理な話だった。 あの人の事を思わない日はなかった。 しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。 咲花は決心してスマホを手に取った。 プラハの嵐にメッセージを送った。 今夜は月が綺麗です。 咲花はそう綴る、するとすぐに返事が来た。 プラハの嵐も咲花と同じ気持ちだったようだ。 それを見て咲花は思わず笑みがこぼれた。 夜空に浮かぶ月はまるでプラハの嵐のよう、咲花はそう思った。 今夜は眠れそうにない。 咲花はスマホの電源を切った。 やがて咲花は眠りについた。 しかし、咲花はこの時知らなかった。 プラハの嵐はずっと早起きして見守ってくれていた。 1章 プラハの風 2節 朝日がカーテンを洗い、咲花のまぶたを射す。意識がピントをあわせていく。 絵空事のような昨日がベッドのしわに刻まれている。 (まさかあんな事になるなんて……思いもしなかったよ、それにしても……) 咲花は隣に眠る男を見やる。 (どうしてこいつが同じ布団に潜り込んでいるんだろう?) 咲花にはまだ状況が飲み込めず戸惑っていた、そこへ男がもぞもぞと動き始める、その様子に咲花はびくりと震える、その振動に男は気が付いたようで薄らとまぶたを開いた。 「「……おはよ」」 声と驚きが重なる。 唖然を共有し、互いに笑う。 何てことのない日常の一コマなのにそれがとても新鮮で不思議と嬉しいものだった。 咲花が辺りを見渡すとその部屋に自分と男の二人が居ることに違和感を覚えた。 これ愛の巣じゃん。どうしよ。 考える間もなくノックが二回。 「はぁい」 慌てて返事をした。 メイドが男を起こしに来た。 朝食が整ったという。 連れ立ってメイドと食堂へ行った。 咲花は値段相応の朝ごはんを口に運んだ。 「ここは何処なの」 メイドに聞くと「ご自宅でございます」と素っ気ない。両親の事情までは聞きそびれた。 支配人を呼びつけるとやる気のない自己保身まみれの姿勢を聞かされた。 御託を聞き流すうちに不信感が募る。 「いいから、ここはどこなの?!」 どうやらプラハ名義の物件らしい。 だが、ここにいる理由がわからない。昨夜は帰宅したはずだ。。 すると副支配人が口を開いた。 プラハの嵐が貴方を迎えに行った。 どういうことだ。 しかし副支配人は続ける。 プラハの嵐は咲花さんの自宅に辿り着く前に一度、姿を消した。寝静まった後にあなたをここまで運んだというわけです。 そして最後に咲花は質問した。私達を助けてくれた人の名前を教えてくれないかなと、副支配人が名前を伝えると、その人物はプラハの嵐と咲花の命を救った張本人だと言う。 それを聞いた瞬間咲花は思わず立ち上がると椅子をひっくり返しながら倒れた、咲花は信じられないとつぶやく、プラハの嵐はその事実を知っているのだろうかと咲花は不安になった。 それからほどなくして咲花は目覚めたことを両親に告げた、咲花は家族とともにプラハの元へ行った。 朝一番に逃走を相談された。プラハは驚きながらも一緒に旅立った。 プラハは子供の頃に暮らした街をゴールに選んだ。 「プラハの良いところはなに?」 「都会とは別の花が咲いてる。私を育ててくれた街」 (そう言えばお母さんの実家は何処にあるんだったかしら) 「ねぇ咲ちゃんはこれからどこに行きたい?何処へ行きたい?」 「私は……どこでもいいよ」 (そんな事を言われたってわからないよ、だって私がこんなところにいる事がおかしいじゃないか!どうして私がこんな目にあわなきゃならないんだ!?ふざけるんじゃないっ!!私を元の世界に戻してよ、私をここから出して……ううん帰らせてよ。お願いだから私を元の世界に……) プラハの背中にしがみつくように抱き付く咲花はプラハを抱きしめると声を殺して泣いた、声を押し殺して涙をこらえるようにして泣く咲花の姿に胸が痛くなった。 (何があったんだろう) 咲花をそっと抱き留めると頭を撫でながら優しく声をかけた。咲花は言う、何でもないよ。ちょっと嫌な事があって落ち込んでいただけだから、プラハが側にいるならそれでいいよ、もう大丈夫だから心配しないで。 咲花は無理をして笑みを浮かべる、その姿を見て胸がズキリと傷んだ。プラハは咲花に言う、今はとにかく休んで、そして二人で考えよう、今の状況を変える為にはどうすれば良いか、プラハ達はこれから何処へ向かえばいいのか、咲花の心の中がわかるまでゆっくり考えてみようと。 (この子をこのまま放っておくわけにはいかないよね……そうだわっ、私達が一緒にいれば少なくとも二人だけは助かる可能性はあるかもしれない……そうよ、きっと……なんとかなるよ、そうに決まってる……そうだ……何とかしてみせる……私はもう……誰も死なせない) 「私……もう少し寝るね、起きたらプラハの話を聞きたいな」 咲花はそういうとプラハの腕の中で眠りについた、その腕の中の温もりに安堵し再び深い眠りに落ちていく、その様子を見たプラハの心は安らいでいくと同時に言い知れぬ感情がこみあげてくる。 (私としたことが……何てことを……でも、仕方が無いじゃないの……) 咲花を抱き寄せたまま自分の胸に押し付ける、咲花から伝わる鼓動を感じながら目を閉じると静かに息を吐いた。 しばらく咲花をあやす様に抱いているとやがて規則正しい寝息が聞こえる。 (さぁどうしようかしら) 眠っている咲花を見る、そのあどけない寝顔に心が揺れた。 しばらく思案した後咲花に服を着せ毛布を掛けた後ベッドの脇に腰掛ける。 窓の外に視線を向けると雪化粧の景色が広がっている、風が吹くと木々が枝をしならせて雪が舞い踊る。白い雪に覆われた世界を見下ろした。その奥にある黒い雲に覆われる山々を見据えた、空を見上げれば青空が広がる、太陽が燦々と輝いていた。 「私は子供の時から親が居なかった」 「両親が轢かれて、親類をたらい回しされたの」 「私はずっと一人だった」 「私は両親が死んだのは事故じゃないと思ってる」 「でも……私には何も出来ない、ただ泣いてる事しか出来なかったの」 「私も最初は誰か助けてって思った」 「でも、何も変わらない、私の人生はあの時に終わったの、それが現実、変えられないものはいくら頑張っても無駄」チェコの首都プラハ、その郊外に建つ豪邸に住む一人の美しい少女がいた。彼女の名はカレル、十六歳、彼女はとある事件に巻き込まれて人生に絶望していた。 カレルはある日、自分と同じ苦しみを持った女性と出会った、彼女との奇妙な友情がはじまる、彼女は自分の悩みを打ち明けることで孤独を癒し慰められた。やがて二人は互いに求め合い恋仲となった。 プラハは自分の身の上話を咲花に打ち明け始めた、自分は子供を産むための子宮を持たないこと、そのために子供は作れないと言われたこと、自分は欠陥品であること、それでも愛する人との間に子を成したいという気持ちがあること、咲花はその話を聞いて自分もプラハのように辛い経験をしていた事を話す。しかし自分は子供を持つ事が出来る。 そしてプラハに妊娠してもらう為、咲花はプラハを励ますが逆に諭されてしまう。自分が子供を宿すことは出来ないのだと。プラハの抱える問題を根本的に解決しなければ二人は共に生きていくことが許されない、咲花はそのことを理解した上で、自分の願いを口にする。 ある夏の暑い日の昼下り、プラハの寝室の扉が開く。 部屋にはセミの鳴く声が聞こえた。 プラハがベッドの上で仰向けになり本を読んでいる。その横顔をじっと見つめる。 本を読みながらプラハの横髪を耳にかける、するとプラハがこちらに振り向いてきた。 プラハの顔は赤かった。 「どうしたの?私に見惚れてたのかな」 プラハは悪戯っぽく微笑むと手を伸ばして咲花の首の後ろに手を回し引き寄せる。 プラハは唇を近づけ、そして咲花にキスをした。 プラハの舌が侵入してきた、咲花は受け入れて応える。 唾液が絡み合って口の中に広がっていった。 互いの唇が離れる。二人の間に細い橋がかかって消えていく。 二人は裸になると肌を重ね合わせた。咲花は言う、どうして私の事を好きになってくれたの? するとプラハは答える、君といると落ち着くの、そして温かいの、それにとても優しいから そして、咲花はプラハの瞳を見詰めた、そこには悲しみと慈しみがあるように見えた、咲花はその事に気づいた。そしてプラハの瞳は何かを言いたそうにしているように見えてならなかった。 (この子には……なにか事情があるのだろうか……) 「どうしたの?」 咲花はその問いかけに対して首を横に振る。なんでもないと、そう言って誤魔化した。プラハは言う、これから何をするかわかってるかしら 私は君のすべてを受け入れるわ、たとえどんなことでもね それから咲花はプラハによって身ごもり愛された、何度も体位を変え二人の夜は長く深く続いた。 その度に咲花を痛みと快楽が入り交じった感覚に包み込んだ、咲花が気を失いプラハの胸の中で眠ってしまった後プラハは再び目を覚まし考える。自分はなぜ彼女を求めてしまったのだろう、自分は本当に彼女が好きなのだろうか。 (そんなわけないじゃない、これはただの性欲よ) その日からプラハとの肉体関係が始まることになった。そして数ヶ月が過ぎた頃、咲花は異変を感じた、体の不調である、胸が大きく膨らみ体重も増えていく、明らかに体が変化していく。 プラハは言った、あなたが望むなら、と。 プラハの答えは、私も同じだ。 プラハと過ごす時間は穏やかで暖かかった。 プラハが仕事に行っている間にプラハの洋服の片づけをする、プラハに喜んでもらうために掃除や洗濯、プラハの帰りを待つ日々が続く、咲花の日常には大きな変化が訪れていた。 プラハは帰宅してシャワーを浴び、書斎で仕事に没頭する。 そんな様子を見守っていると玄関口に目が行った。そこにプラハが愛用していた帽子を見つけた。 「どうしてこんなところに」咲花は不審に思いながらも手に取る。 それは咲花が初めて目にするものだったが一目でそれが何であるかわかった (あぁこれって……そうか、プラハの物なわけか……うわっ……えー) それを拾い上げた瞬間、その裏地部分に違和感を覚えた、何か書かれているような気がした。よく見てみる。 そこにはこう書かれていた。 カレルへ わたしたちにはもうあまり時間がありません、だからあなたに託したいことがあります これを読んだ時、カレルの心の中は様々な感情が交錯した、それは決して良いものでは無かったが、同時に今まで知ることが出来なかった真実を知ることが出来ると予感させるものだった。咲花は思わずその手紙に意識を奪われる。手紙の裏を見る (あれ?裏面になんか書いてある) 『この事はプラハに言わないで下さい』 その文章を見て咲花はプラハへの疑惑を深めていった。 (どういうこと?) 咲花はプラハが帰宅する前にその手紙を持って自室に戻った。 咲花の部屋で一人佇む。部屋には小さな冷蔵庫とスツール。横になって先ほど見つけた封筒を開封する。 手紙と小瓶が入っており咲花は中の手紙を手に取った。そして読む前にもう一度読み返す。 咲花ちゃん、まずは謝らないといけないことがあるの。ごめんなさい。実はこの事を隠していて、あなたの気持ちを知りながら、あなたとプラハの関係は始まったの、私が誘った。 プラハはあなたに秘密を作るべきではなかった。だけど言えなかった。怖くて、言えるわけがなかった。 プラハがあなたに告白すれば私は嫌われてしまう。私はそれだけは何があっても絶対に避けなければならなかった。 プラハとして生きるために心に圧政を敷いてきた。同時に他人を欺き大切なものを燃料にした。貴方まで取り返せなくなる前に終わらせましょう。 知られる前に動く。 カレルとしての生き方に迷いはないがプラハとしての心がおぼつかない。 気の迷いがひび割れて亀裂が育ち心を砕いていく。 カレルはそれを防ごうとする。 (いけない、ダメよ、これ以上踏み込めば戻れなくなる) プラハは手紙を読む。 (プラハ……) 「咲花ちゃん……」 咲花の手は震える、しかし読まねばならない。 咲花は自分の意思でプラハに会いに行ったこと。自分は子供を産むことが出来る。そして愛するプラハと一緒に生きていきたいこと。 プラハの抱えている問題が自分に関係があることは予想出来たが具体的な内容をまだ知らなかった。しかしこれだけは確信できる。 咲花は覚悟を決めて読み進めた。 ******咲花、ごめんなさい。あなたには話しておかなければならない事があったの、聞いてもらえるかしら。きっと怒っているんでしょ?でもこれが現実なの。私だって好きで子供を産めない身体になったんじゃない、自分の身体の事ぐらい自分が一番わかってる。私は自分が許せない。私のせいで両親を失ったことも、あの男も。私にはあの女が何を考えているのか分からないの、ただ自分の利益のために動いているように見える、あいつが何を企んでいるかもわからない。私はあいつを疑ってる。 あの女は咲花に私と別れて新しい人生を送ってほしいと言ってくる、あの子は私とは違う世界の住人なの、あの子が咲花の事をどう思ってるかなんて知った事じゃない、あの子の気持ちなんてどうでも良かった。咲花と離れ離れになることを考えるだけで吐きそうになった、でも私達の関係はまだ終わらない、終わってないはずなんだから終わらせたりしない!もしあの子が私の邪魔をするのなら…… 私はどんなことがあってでもあの子を潰す。 プラハは強い眼差しで言う、プラハの言葉からは咲花に対する怒りや嫌悪が滲み出ていたがそれ以上に自分自身に対して激しい憎悪を抱いていることが伺えた。プラハの言う事の意味が咲花にはよく理解出来なかった。 咲花はその夜、羊を数えていた。雑多な思考が浮かんでは消える。気まぐれプラハから貰ったミニボトルを取り出した。中身は何だろう。 これを渡された時、見逃したが怪しげな雰囲気が漂っている。。プラハは咲花との関係を続けながら何をしていたのだろうか。 (私は何をプラハの事を誤解していたんだろう、プラハは本当は優しかった、プラハは私を大切にしてくれた。そんな人を私は傷つけたかもしれない、どうしよう……どうしたらいい) プラハと過ごした日々は涙なしに語れない。 思い出に泥を塗られた。 その日からプラハは音信不通になった。 咲花は動転したものの探してくれると信じて プラハからの贈り物である髪飾りを付け、咲花は街を歩くと声をかけられた 『お姉さん綺麗だね、ちょっとお茶でもどう?』 咲花は首を横に振ると逃げるようにして走り去った『なんでぇ逃げちゃうのよぉ~』 その翌日、咲花は仕事場に向かった。仕事を終えて帰路に就く。 わざと尾行されて人気のない場所でふりむいた。 女がにこやかに手を振っていた。 「久しぶり」 『え?……あっ』 死角からうなじに注射針を打たれた。 男は三白眼だった。 腕を振りほどいた拍子に男の頬を引っかいてしまった。 男は「この野郎」と拳銃を握った。 照準して引き金を引く。 咲花はとっさに腕で頭を庇い背中を反らせた。 「っぐぅ!」と鈍く重い銃声で辺りに音が響いたが、幸いにも弾は当たらずに済んだ、だがその代償は大きく左腕を貫通していた、咲花の左手の平には小さな風穴が空いていた。痛みと出血のショックで倒れこむ その瞬間、地面に向かって倒れていく視界の端に見えた。咲花は男に馬乗りにされるのがわかった、振りほどこうとするものの相手の力は想像以上に強く抵抗することが出来ない。咲花は恐怖と混乱でまともに言葉を発することが出来なくなっていた。そんな状態の中でも咲花は懸命に叫んだ。 プラハ 助けに来て!!と。 視界の隅をプラハが駆ける。 『プラハ!』するとプラハは足を止めて立ち止まると再び咲花の方を見た 『大丈夫?咲花』 咲花はうずくまる そんな様子を見ると咲花の側に駆け寄った 「抵抗すると殺す!」 「やかましいわ!!」 プラハに気圧されて男たちは引く。 プラハの声には凄まじい迫力がありその場にいる者は誰もが恐れ戦いていた。男は気圧され一歩後退りする「ひぃ」 咲花の顔はプラハに向けられると咲花は目を見開いた その瞳には今まで見せたことのないような怒りが宿り、プラハと目が合う、次の瞬間 咲花は地面に叩きつけられた 「っう……」 一瞬呼吸が出来なくなり咽せるように空気を求める 「げほっごほっっ……ごほ……っぁっぁあああ!!」 肺を押えられるような感覚に息ができない 「落ち着いて、深呼吸を……」 その言葉で我に帰る、ゆっくりと大きく吸い込むと同時に咳き込んだ、 「あぁーっ、かっ……かっっ、けほっ、んー、あぁぁぁ……んぐ、っつ……ふぅ」ようやく落ち着いたようだ、咲花は顔をあげる 『ごめん、なさい』と謝罪をした。 その後咲花は救急隊員によって応急処置を受けた 「プラハ……私はどうすればいいの?」 『今は考えないで』 咲花は救急搬送された。命に別状はなくまだ麻酔が効いている。 プラハは見舞いに来てそのまま泊まった。 夜半に咲花が起きた。 「左手が痛いの」 腕は包帯と管だらけだ。看護師に入院した経緯を聞いた。 「危ないところだった。撃たれて三日間ICUにいたの」 プラハは無茶しないでとくぎを刺した。 記憶の混濁が生きている実感を薄める。女医がバイタルと採るまでは。 男に拉致されて薬物を打たれた。元の生活には戻れない。家族も承諾したという。 ぐさぐさ、と現実が突き刺さる。ただ、もう自由だという励ましが元気をくれた。 そう言うと咲花の手に何かを手渡してきた 「これは……?」 医師は言った。 貴方は普通の生活と別格の自由を交換した。取引は不可逆だが決定権を得た。 「この薬は苦しんでいる人々を解放する第一歩」 ついていけない。 「先生……」 「何かしら」 「私にはよくわかりません……」 「時が来ればわかる。私はみんなを救いたい一心なの」 咲花はアンプルを見つめる。 緑色の液体。スカートのポケットに入れた。 退院してすぐ実家に戻った。両親は娘の無事を喜んだが、異変に気付いていた。久々の自室は勝手に整理されていた。 父親は仕事があるため出かけた後に母親が咲花に尋ねてきた「あの子はどうしちゃったの?」と尋ねるが、母親も詳しくは知らない。父親が仕事を終えて帰ってきた時に事情を聞いた。 母親はそのことについて話し始めると咲花が入院中に何者かに襲われそうになったこと。その際に大怪我を負った事を伝えた。 父親はショックを受けていたが 「あいつは昔から自己中で頑固で他人を傷つけてばかり。我が家の恥だ。あいつなんか忘れてお前の人生を生きろ」と言う。 「ねぇ、もし私があの子に謝りに行ったら許してくれるかしら」 母親の一言に 「何を考えてるんだ!?︎今更行ったって何も変わらない」 と父親の声に遮られた、だが 「でも……それでも会いに行ってみたい」と 呟くと プラハは微笑んだ 「わかった。でも、必ず戻ると約束して」 あれから盆と正月が三度来た。 うわの空を注意されて即座に謝った。咲花の表情は曇っている。 「お世辞にも順調とはいえない。時間を買う資金も乏しい。あと一歩頑張れ。俺たちが世界を変える」 男の陽気が咲花を照らす。 「心配するな。お前には計画を引き継いでもらう。それまで休め」 咲花は窓から男を見送った。 夜になるとプラハが部屋に入ってきた。プラハの姿を見ると嬉しさで心躍らせる。 「お帰りなさい」と声をかけるとプラハは微笑みかける。 プラハはベッドに横になっている咲花の隣に座るとそっと抱き寄せる。 「疲れてるでしょ、ゆっくり休むといい」 『……うん』と小さく答えたが 「プラハ、お願いがあるんだけど」と咲花は言うと 「何でも言って」 『……抱きしめてほしいの』咲花は目を瞑りプラハに体を預けた 「ふふ、可愛い子」プラハはそっと咲花を優しく包み込んだ。 咲花は涙を流しプラハを抱き返した。 「うぅっ……ひっぐっ」嗚咽混じりに咲花は言った 『ありがとう』 数日後、二人は街にデートに出掛けた プラハは車椅子を押しながら「ふふっ」 と笑ってご機嫌である。咲花はそんなプラハを見ながら笑った。 ある日のプラハは出張で出かけるといいした。 咲花はお土産をねだった。 翌日、咲花はいつものように仕事に行くために支度をする、玄関に向かうと、プラハが見送りに来た。 だが咲花は不安になった。最近のプラハは体調が悪そうに見える。 今日一日だけは家で大人しくしていたほうが良いと思った。咲花は仕事へ行くことをやめ、一緒にいることにした。プラハは首を横に振った 咲花はプラハの手を握る そんなやり取りをしながら朝の準備を終える プラハに行かないと伝えようとしたが言葉がうまく出てこない。 その姿を見て、無理矢理引き止めて仕事を休ませることも考えた。 プラハと一緒に朝食を食べ、食後のコーヒーを楽しんだ。その味は咲花にはわからない。 二人でニュースを見た後、リビングで寛いでいると咲花の携帯にメールが来た。内容は病院への来客を知らせるもので、そこには院長の名前が書かれていた。 電話にするとすぐに応答があり、どうやら患者さんが咲花を訪ねてきたらしい 病室に入るとその人は白い髪をしていて顔立ちはどこか懐かしい感じがした、歳の頃なら20歳前後、優しげな雰囲気があり穏やかな眼差しをしていた。 その人は椅子に腰掛け 咲花を見据えた。咲花は緊張しながら口を開く「初めまして……私、この病院で医師をしている咲花と申します」すると相手はニコッと笑いかけてこう名乗った 「はじめまして、私の名はエカハ」 咲花は絶句した。 プラハはあわててエカに寄り添った 「あなた!なんで」 「驚かせてごめん」とプラハを見つめて言う「まさかあなたが咲花ちゃんのところに行っていたなんて思いもしなかったよ」 「……そうね」 「どうして私を呼ばなかったの?あなたにもしものことがあったらと私は……私は……」 「プラハ」エカが宥める。 「でも……私は……」 「プラハ……私も君と同じだよ、同じなんだ」エカの言葉を聞くとプラハは驚いた表情をした。そして咲花にこう語りかけた 『私は……私達は子供を持つことができない体になってしまった』 エカの口から語られたのは咲花が聞いたことのない驚くべき事実 そしてエカはこう続けた 「私も同じさ」 「え?どういう意味ですか?」 「実は有志を集めて性染色体を逆転写酵素で書き換える治験をしている」 「え?」と思わず声が出た。 「この話は内緒だからね」 「あの……あなたは?」 「ん?あぁ、これはすまない自己紹介が遅れたね」 「私の名はエカ、計画のリーダーだ。君は?」 咲花は答える「私は……」と言い淀んでいると エナが代わりに咲花の身分を説明し始めた「彼女の名前は咲花よ、最近までうちで働いていた看護師よ」「ほぉ、この若さで看護師とは立派なことだ、それにしても君の事は知ってるよ、噂はよく聞いてたよ、君はしとねに嵐を呼ぶそうだね」 咲花の顔に赤みが差した「あの……何のことでしょう」と尋ねると 「まぁ気にしなくていいよ」と返された エカはプラハに尋ねる「それで今日は何の用かな」と言う プラハは無言のまま何も答えずエカの胸に頭をうずくめた それをみたエナはため息をつき咲花に告げる「あなたはここで待っててくれるかしら」と。 咲花は静かに首を振るとエナはそれを聞き「しょうがないわねぇ」と呆れた声を出した。咲花はエカに向き直る 『ねぇ、あなたは私が怖いかしら?』 「怖くないと言ったらうそになるが」 「だがあなたを拒絶するつもりもないよ」 咲花はプラハの方へ歩み寄るが距離が縮まらない。 『大丈夫、もうあなたを傷つけるようなことはしないから』と優しく声を掛ける。 『プラハ、私を信じて』 『うん』 咲花は優しくプラハの頬に触れた その手からは温もりが伝わってくる。プラハは目を閉じ咲花に身を委ねるように体を預けた。その光景を物陰から見ていた男、彼はプラハの前夫だ。 二人は抱き合いお互いを慈しむようにキスを交わす、次第に熱を帯びる二人の感情は止まらない 。
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