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御堂が景浦をソファに寝かせる。興俄の視線はずっと彼に向けられたままだ。
「今回はお前の方が先に逝ったようだな」
思えば、この男が命の恩人になるのは二度目のことだ。一度目は前世での石橋山。彼は多くの人間に嫌われていたが、自分にとっては有能な部下だった。数多くの汚れ役も引き受けてくれた。もしも、自分が再びこの世を治めるとしたら、彼の存在は絶対に必要だった。
「お前はいつも……」
興俄は口の中で呟き、黙りこむ。これ以上言葉を発したら嗚咽が漏れそうだったのだ。
『治承四年(1180)八月小廿四日甲辰 省略 景親追武衛之跡 捜求嶺渓 于時有梶原平三景時者 慥雖知御在所 存有情之慮 此山稱無人跡 曳景親之手登傍峯 以下略 吾妻鏡第一巻より』
石橋山の戦いの際、大庭景親は頼朝を追い求め、峰や渓谷を捜していた。その中には梶原景時もいた。彼は頼朝の所在を知っていたが思うところがあり、この山には人の跡は無いと言い、景親の手を引いて脇の峰に上って行き、頼朝を助けたとされている。
気が付けば朝になっていた。誰もが泥のように眠っていた。
「結局、多くの命を失ったな。国内ではどれだけの犠牲者が出たのか分からないけどさ、かなりの人数だと思う」
「どうして、こんなことになったのかな……こうなる前に止められなかったのかな……失った命はもう二度と戻らないんだよ」
御堂の言葉にゆかりんが泣きながら零した。ほんの数か月前までこの国は平和だった。こんな事態になるなんて、誰が想像しただろう。
「これが現実だよ。空虚な妄想でも絵空事でもない。国が攻められれば多くの国民が命を落とす。個人の力ではどうすることもできないんだ」
鷲が唇を噛みしめる。
景浦の身体に毛布を掛け、手を合わせていた興俄が立ち上がった。
「全てが話し合いで解決するなんて思ってはいないだろう? 結局は今の世も最終的に力で解決するんだ。多くの血が流れ、犠牲が生まれる。その先にある世界では勝者のみが大手を振って生き、敗者はひたすら虐げられる。理不尽であろうと、卑怯な手を使おうと、それが人間の世界だ」
そう言って興俄は一人一人の顔を見る。誰も彼も似た表情を浮かべていた。怒り、悲しみ、憤り、諦め、全てを混ぜ合わせたような顔をしていた。この数日、身の回りに起こったことは、それぞれの意識の中にしっかりと刻み込まれている。個人の力ではどうにもできないことがある。いや、どうにもできないことばかりだと、彼らの表情はそう物語っていた。
「だが、少しでもそれを回避する努力はしなければならない。民が安心して暮らせる世になるように、だ。言語や文化を奪われて、『ここは昔、日本と言う名の国だったらしい』などと数百年後に生きる人間に言わせたくはない」
興俄がそう付け足すと、その場にいた全員が深く頷いた。もと鎌倉殿の言葉は各々の心に染み渡ったようだった。生命の危険と隣り合わせの日々を過ごした仲間たちは、お互いの距離を近づけていた。
だが、例外もいた。鷲だけは頷かず立ち上がった。
「あの、なぜかあなたが仕切っていますけど。それに、もう日本が終わりみたいな言い方になっていますけど、戦いはまだ終わっていませんよ。僕は最後まで諦めません」
鷲の言葉通り、外では未だ破壊音が聞こえる。首都東京はまだ陥落していなかった。
「みんなそれぞれの立場で戦っているんです。僕は行きます。まだ戦える」
「そうだな。俺も行くぜ。我が主君」
御堂が深く頷いて立ち上がる。
「私も行くよ」「私も」冬華とゆかりんも立ち上がった。
「俺達も行こう」「そうだね」賢哉とともちゃんが顔を見合わせて頷いた。
それを見ていた興俄も立ち上がる。
「仕方ないな、俺も行くか。麻沙美は江ノ原に連絡してくれ。景浦を運びたい」
「分かったわ。二人は私を手伝って」
麻沙美がともちゃんと賢哉に告げると、二人は黙って頷いた。
「冬華はあれだけの力を使ったんだ。菜村さんとここで休んでいた方がいい。あとは僕たちに任せて」
「そうだな。ゆかりちゃんはここにいてくれ。俺は必ず戻ってくる」
鷲と御堂が言うと、二人は揃えて首を振った。
「私は大丈夫。たっくんが戦うなら私だって戦うよ。私ね、目の前で多くの人が傷ついたり、亡くなったりしているのを見て、最初はとても怖かったんだ。たっくんや、椎葉くん、冬華のように戦えるわけじゃないから、私も死ぬかもしれない、家に帰りたいって思っていた。でも懸命に戦っている三人を見て、私はみんなと一緒にいたいって思うようになった。今はもう怖くないよ。罪のない人が攻撃されて、血を流すなんて絶対に許せない」
ゆかりんは、御堂に微笑む。その顔に涙はなく、秘めたる決意が見えた。
「私もまだまだ戦えるよ」
冬華が付け加えた。
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