きっと良かったんだ。僕たちは巡り会えて。

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 冬華を診察した医師が鷲に告げる。 「おそらく逆行性健忘だと思われます。外傷により脳が損傷した際に、記憶を司る海馬がダメージを受けているようです。診察したところ、これからの生活で新しい記憶を造るのは可能でしょう。しかし、過去を思い出すのは不可能かもしれません。日常生活に必要な動作は行えますので、記憶が戻るのを気長に待ちましょう」  彼女の記憶からは、鷲との思い出すべてが消し去られていた。  冬華のことはゆかりんに任せ、鷲と御堂は病室があるフロアのロビーに向かった。ロビーと言っても楕円形をしたテーブルが一つ置かれ、周囲には椅子が五脚ほど並べられているだけ。他には自動販売機や給湯設備がある簡単なものだ。    御堂は自動販売機でコーラを二本買い、一つを鷲に差しだした。 「ほら、前に飲みたいって言ってただろ」  差しだされたコーラを受け取りながら鷲は少し考える。 「ああ。ずいぶんと前の話だね。あれは、まだ冬華が覚醒する前だった」  そう言って力なく笑った。 「それで、医者は何て言ってるんだ?」  鷲は医師から聞いた話を御堂に伝える。 「冬華は前世はおろか、今の自分自身も分からないんだ。勿論、僕のことも」  全てを聞いた御堂は、悲しいような憐れんでいるような顔で鷲を見た。 「そうか……せっかく意識が戻ったのに、あんまりだな」  数日後、お見舞に来たともちゃんと賢哉の傍らには興俄がいた。 「連れてきた、この人が役に立つかも」  興俄と鷲たちはあの戦い以来、会っていない。学校は再開されたが、興俄は登校していなかった。 「元気そうですね」  鷲の言葉に興我は頷く。 「話は聞いた。記憶が無いのか?」  興俄の視線は冬華に向けられた。彼女は半身を起こして、ともちゃんと賢哉に微笑んだ。 「朋渚ちゃん、賢哉くん来てくれたんだ。ありがとう」 「冬華、具合はどう?」「ちゃんと食べてるか?」  二人は今まで何度か冬華の見舞いに来ていた。だが、冬華は友人のことも覚えてはいなかった。 「冬華の記憶に働きかけられますか? 元に戻せるならお願いします」  鷲の言葉に頷いて、興俄はじっと冬華を見つめた。見つめられた冬華は不思議そうな顔で首を傾げる。 「あの……」  興俄は何も言わず、ただ冬華を見つめる。 「ええと。貴方、誰? 鷲くんのお兄さん?」  冬華の言葉に苦笑いしつつ、興俄が見つめること数分。彼はやっと彼女から目を逸らした。 「どうです?」  鷲の問いに、興俄は厳しい顔で首を振った。 「俺が読み取れる範囲では、何もない。もともと、お前達の記憶は読めなかった。だが、それとも違う。空っぽなんだ。こんな人間に会ったのは初めてだ」 「そうですか」  鷲は肩を落とした。 「これからどうするんだ」  興俄が尋ねる。 「僕は、冬華と生きて行きます。彼女に今までの記憶がないとしても、これからの思い出は作れますから。貴方はどうするんですか?」 「俺は前世に囚われすぎていた。高校生である神冷興俄は、まだ何も成し得てはいない。今の俺には何の実績もない。今世では戦術・戦略面での専門知識が皆無だった。未だに知らないことが膨大にある。俺はこれからもっと己の知識を磨く。力を失った女には何の興味もない。そいつはお前にやる。今度こそ添い遂げろ。もしもこの先会うことがあったとしても、邪魔だけはするな」  じゃあなと言って興俄は病室のドアを開け出て行った。 「誰が邪魔するかよ。相変わらずの上から目線だな。それにやるって……あの言い方」  御堂が肩を竦める。 「冬華はモノじゃない。それに貴方のモノでもなかったでしょう」  鷲は廊下に飛び出して、去って行く背中に言葉をぶつけた。しかし、彼が振り向く事はなかった。 「あれが、あの人なりの精いっぱいの励ましなんだよ。たぶんだけど」  ともちゃんが苦笑いしながら呟いた。 「みんな、神冷先輩に対して冷たくないか? 俺はいい人だと思うけど」  賢哉がそう言うと、ともちゃんが唖然とした顔で彼を見る。 「いい人って……何も知らないって、ホントに罪だよ」 「え? どう言うこと?」  賢哉は首を傾げるが、 「何でもない。こっちの話。賢哉は何も知らなくていいの」  いつものように一蹴された。 「さっきの人……」  ずっと黙っていた冬華が口を開いた。 「え? まさか冬華まで良い人そうだとか、素敵だとか言わないでよ」  すかさず、ゆかりんが釘を刺す。 「なんか嫌な感じなんだけど」   冬華の一言で、その場に居た賢哉以外の全員が吹き出した。
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