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ということがあったので。
貴族の娘として生まれた私が今後、王国から隠れながら生計を立て暮らしていくために色々をなんとかせねばならないことになりました。
というわけで。
私は自分の特技である強い魔力を活かし、最高の魔法具職人を目指すと決め、目星をつけておいた王宮騎士団に出入りもある職人兼商人の隠れ家へ押し入ったというわけなのです。
ちょっと大胆だったかしら。でも仕方ないわよね。一体何年分の恋心を破り捨ててきたのかって思ったら、これくらいのことしでかしてもおかしくはないじゃない。
私のことを偽善者なんて言う方がいらっしゃれば鼻っ面をへし折って差し上げましょう。
でも臆病者と呼ぶならば…やはり鼻っ面をへし折って差し上げます。
隠れ家は王宮図書館の奥深く、誰も手に取らないような古い古い本に小さな字で書かれた術で守られていたのですが。
私にかかれば侵入など容易いもの…とはいっても、ここは私室ではなさそうね。
部屋の中を見渡すとどうやら彼の店舗のようで、全体的に薄暗く埃っぽい部屋の中にはあちこちに武器や呪具の類がところ狭しと陳列され、迷路のように通路がはい回っている。
”顔のない男”と呼ばれているその男の家は【誰にも見つけられない】と噂されていた。
それは優秀な魔法具職人を多く抱えるフプルーニアの中でも指折りの技を持つ彼の鉄壁の守りの技術によるものだと言われている。
潜入してみたところやはり噂は違わないようだ。
実際、国内トップクラスの魔力量を誇り、且つ一流の教育を受け勉学に優れた私が私室に潜入しようとしたものの、入り込んで見れば店舗スペース。
これなら私が身を隠すのにも最適のように思える。私の目は間違っていないわ。
「お前……どこから入った」
きょろきょろと周囲を眺めていると、怪訝そうな声がした。
焦げ茶色のローブを目深に被った巨大な男が、薄暗いゴチャついた店の中、薬瓶の並んだ棚に瓶を置く姿勢のまま固まってこちらを見ている。
そう、この男が例の職人兼商人、通称”顔のない男”。
「苦労はしましたが勝手に上がらせていただきました。本日はお願いがあり参りましたのでお時間をいただきたいのです。それに…私がどうやってここへ入り込んだか。知りたくはありませんか?」
よどみなく淡々と言い微笑みかけると、男は狼狽したように手袋をした片手を目深に被ったフードの中に突っ込んだ。
どうやら頭を抱えているらしい。
「勝手にって。ここは勝手に入れる仕様じゃない!お前、その格好、フプルーニアの人間だな。何の用だ。そもそも俺はフプルーニアには出入り口を仕掛けてないのに。ああくそっ…なにがいけなかった…。…んああくそっ!もうすぐ開店じゃねえか!」
「私は出ていきませんわ」
「出て、いけ。出ていくんだ。お前しかも貴族の娘だな。そのドレス、生地の質がいい。かなり金のある貴族だ。お前がなぜ一体どうやってここへ潜り込んだか知らないが、ともかくお前が無作法にぶちあけた穴を今すぐ塞がねえとあれこれ面倒ったらありゃしねえ!」
「修理は不要です。閉じながら入りましたので。なので出ていきません」
「はあ?」
男は呆れた声を出す。
まあ、お気持ちはわかります。きっと私が穴を塞ぎながら侵入したというのも信じていないのでしょう?
追われる身である私が穴を開けっ放しにするなんていう迂闊な侵入はとてもできないなんてこちらの事情はご存じなくて当然でしょうし。まあ、そうなるわね。
しかし、と目深なフードの深淵を見る。さすがは人嫌いともっぱらの噂の男。やはり私が何者かはわかっていないよう。この調子ならすぐに国に突き出されることもない。
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