吐血

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吐血

 酒を飲んで、しこたま飲んで、そうなれば当たり前だがトイレの便器を抱える羽目になり、吐いて、しこたま吐いて、吐き続けた挙句に、血を吐いた。それまでほとんど酒の臭いのする胃液しか受け止めていなかった白い便器が、赤く染まった。それでさすがの俺も動転して、懇意にしている医者のもとへ転がり込んだというわけだった。 「マロリーワイス症候群でしょ、多分」  顔馴染みとなった医者は、へらりと笑う。何だよそれ、と聞き返しても、分かりやすい答えは返ってこなかった。医者は面白そうに目を細めながら、なすすべなく横たわる俺に屈み込む。 「血を吐くほどのもんかねえ、失恋なんて」  ほっとけ、と顔を背けたが、無理矢理頭を掴まれて、視線を合わせられる。やはりその顔は、面白がっているようにしか思えない。  何でもいいから早く検査して治してくれ、と訴えると、医者はますます目を細めた。 「ぼくがどうして医者をやってるか、知ってるだろ?」  ああ、そうだった。こいつはそういう奴だった。だから俺は、まだ抜けきらない吐き気を抑えるのを、やめなくてはいけない。  こいつの前で、大いに苦しまなくてはいけない。
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